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第37話 ひっかかる
今日は法事で渋川さんが休みだった。料理長は身重の奥さんがいるのでこのところ仕事を早あがりしている。最終は俺と紺谷君のふたりで残ることになった。二人きりになるのはめずらしく、紺谷君の家に行った以来ですこしきまずい。あれから特に進展はない。紺谷君は礼儀正しく愛想はいいけど、自然と距離をとる。
「今日、渋川さんが自分が休みのお詫びに、好きなお酒飲んでって言ってたけど、飲んでく?」
「知花さんはどうするんですか?」
「どっちでもよかったけど、帰ろうかな。せっかくだし紺谷君はゆっくりしていきなよ」
今の間柄でさしはやっぱりきついし、ゆずることにする。
「いや、そんなの悪いです」
帰るそぶりをみせると、紺谷君は引き止めてくれた。
「ぜんぜん、いいよ」
「よくない、です。すみません。少し話したいです」
社交辞令かなと思ったら紺谷君は真剣な顔だったので、一緒に飲むことにした。さっき賄は食べたけど、お酒にかるいあてをつくって用意する。紺谷君はそれをたべておいしいと言ってくれた。
「友達にゲイの人がいるんです。仲はいいんですけど、なんというか、倫理観があわないというか、彼氏いても他の人とするし、とっかえひっかえで、それが普通って」
「あーー」
否定はできない。一定数いるし、そういうコミュニティはある。俺は恋人がいたら浮気しない派閥だけど、恋人がいないときは遊びで一晩というのはある。
「どう思います」
「ひとそれぞれだよ。男女でもそういう人はいると思うし、でも結婚子供っていう目標地点と束縛名目がないから、比率的には自由な人が多いかもしれない。俺は浮気はお互いなしだけど。ゲイじゃなくて、そういう倫理感の人が苦手だった?」
「その友達自体は苦手とまではいかないです。その価値観はうけいれられないですけど、でもそうですね。そう思ってもらってもいいです」
ひっかかる言い回しだ。どこかで聞いたことがあるような気がした。
「知花さんは今までも、浮気はなく、長かったですか?」
「自分から浮気はないよ。でも、あんまり長くはないな。例の旅館に勤める前はリゾバを転々としてて、遠距離になったら続かないし。こっち来てからは調理学校と並行してバイトからの開店で忙しかったから」
実際は環境に関係なく、すぐに捨てられてただけだけど、かわいい後輩には格好をつけたくてごまかす。
「そうなんですね」
「もう若くないし、今の店は定職に近いから、そろそろ一人と長く付き合いたいところだけど、なかなかね」
「……ごめんなさい。プライベートなことなのに、こんなにつっこんで。仕事とプライベートは別ですし、俺がとやかく言うことじゃないとは思ってるんですけど」
紺谷君は丁寧に謝る。やっぱりいい子だと思うし、紺谷君はどうやら渋川さんの店に就職が決定したらしいので、できるだけ彼にとって働きやすくなってほしいと思う。
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