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第39話 おいで

 年が明けてしばらくたっていた。直哉さんはあれから店に来ていない。完全に自分が悪い。自分の暴走しやすい恋心がわるい。それなのにつらいのだから勝手だ。  定休日で昼までだらだらすごし、なんでもいいから体を動かして疲れたいと思いバッテイングセンターに足を向けた。そういえば直哉さんの家が近いと話していたなときょろきょろしながら歩いていると、通りのカフェの窓の向こうに直哉さんに似た人がいた。自分の妄想かとついじっと見てしまうと、数秒後にばっちり目があってしまった。きまずい。こんなに目が合ってしまってはもう通り過ぎるとことはできない。どうにもできず固まっていると、直哉さんは微笑んでおいでと手をふってくれた。行くしかない。腹に力を入れて店に入る。  入るとなぜか直哉さんが入り口に迎えに来ていた。 「車? 歩き?」 「歩きです」 「一緒に少し歩かない?」  直哉さんがコーヒーのテイクアウトを頼んでくれて、二人でコーヒーを持ってカフェを出た。直哉さんにみちびかれるままに後ろをついていく。  冬の夕方はさむい。ついていき公園のベンチに二人で腰をおろした。寒いけど子供たちがたくさん遊んでいた。 「寒くない?」直哉さんはいつものように優しく微笑んでくれる。「ごめんね、最近、行けてなくて」 「いえ、俺が悪いというか、すみません」 「本当にびっくりした。思えば早くに結婚していままで必死だったから、人からそういう風にみられるって、生きてきてなかった気がする」 「お嫁さんは?」 「嫁は俺の方が好きだったから」 「かわいかった?」 「とても。年上だけどほっとけない手のかかる妹みたいな感じで、幼馴染だったんだけどずっと好きだった」 「もしかして、初恋の初めての彼女?」 「そうだね」  自分から聞いといて落ち込む。そんなの勝てるわけない。幼馴染の初めての彼女と結婚してその彼女は亡くなった。直哉さんの中でどれだけ大きい存在なんだろう。 「知花君は最近どう? お店は忙しい?」 「正月明けてから財布の紐がきついのかちょっと暇ですね。最近やっと通常通りになってきた感じです」 「そう。俺はあの後、やめた会社から年末進行で忙しいって連絡があってちょっと手伝ってたんだ。年明けもまだ忙しくてそのまま働いて。やっと、解放されたけど、知花君の店に行く前に嫁の用事を片付けたいと思って」 「荷物が届いたんですっけ?」 「そう。そもそもは親戚が亡くなったんだ」 「ご愁傷様です」 「いや、俺はその人のこと嫌いだったから、別にどうってことないんだけどね。嫁の父親だ。俺と嫁は駆け落ちでね。そのまま戻らずだ。通夜も葬式にも行ってない。ただ家をたたむって義父の妹さんから、嫁の荷物が送られてきて。ちょうどいいかと思って、もともとあった遺品とあわせて整理していて、それを勝手に捨てるのもなんだから、義父の妹さんもそうだし、行方不明になっていた義母を探して、息子にも形見分けをしたりして、ほんとは亡くなった時にすることで、今することじゃないんだけどね」 「たいへんでしたね」 「でも、出来てよかった。やっと嫁を思い出に出来た気がする」  目の前では元気のよい男の子達が声を張り上げて走っている。中には寒空に半袖シャツの子もいた。元気だ。  直哉さんはコーヒーの紙コップを両手でもってそれをしばし眺めて、話し出した。 「君に好きって言われて、うれしかった」 「はい」 「でも、今は俺が人に好意を返せるような状態じゃないから」 「わかってます」 直哉さんの言葉を遮るように返事した。 上手くいかないなんてわかってた。あんな強襲に出た俺を直哉さんは大切に優しくしてくれる。どうしてあんなことしたのだろうと片隅の俺は言うけど、何度あの場を繰り返しても浅はかな俺はきっと理性を抑え込めない。 「寒くない? まだここにいても?」 直哉さんの声は柔らかい。直哉さんはいつだって俺の暴走をさらりとなかったことにしてくれる。それが今は嬉しいのにむなしい。 「大丈夫です」

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