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第42話 不安
「そもそも、俺が知花さんの店を紹介したんです。くそみたいな食生活の父さんに、おいしいから食べに行けと」
「えっ!? でも、たしか美濃さんって」
「美濃、そう名乗ってたんですね。本名は紺谷です。美濃は母さんの旧姓です。俺が知花さんの店紹介した時に、父親って恥ずかしいから絶対言わないでって言ったから」
だから、あんなに親しそうだったのに知り合いについて話さなかったのかと納得した。それに離婚や知り合いの問題を解決しても名前のことはずっとわからなかったのも解決した。
解決はしたけど、まだ心の整理はつかない。紺谷君の距離感もようやくわかった。自分の父のことを好きなゲイなんて急にいわれても戸惑うに決まってる。それも苦労してきた父親を年下のゲイが狙ってるなんて歓迎できるわけない。
「うわ、なんか、ごめん」
「べつに今はいいんです、それより父さんの事なにか聞いてませんか」
「なにも……、仕事とお嫁さんの遺品関係でいそがしいとは聞いたけど、いないっていつから? そんなに心配しなくても」
大人の男なんだからと言いかけたけど、この前の直哉さんの吐露からすると内心を表面には出さないタイプみたいだ。より近くでずっと見てきた息子なら思うところもあるのかもしれない。
「これ、」
紺谷君は一枚の封筒を俺に見せつける。そこには遺書の文字があった。ただ事ではない。
「中身は?」
紺谷君の指がわずかに震えている。開けてみるがそこに中身はない。
いつか呪い殺される、そう言っていた直哉さんを思い出す。本当に冗談でなくそう思っていたと伺い知れるのに悲壮感がなかった。直哉さんが思い詰めることがあっても、きっと外からはわからない。思ったより自体は深刻かもしれない。
「俺の母さん、自殺なんです」
「えっ、病気ってきいたけど」
「はい、精神的な。俺もずっと父さんに隠されてたんで、最近、知ったんですけど。父さんなりの思いがたくさんあって、俺に隠してたんだろうって今はわかります。でも当時はわからなくて、母さんの死が急で、不自然で、父さんは言葉をにごして教えてくれなくて、すごい反抗したんです。父さんは母さんが病気してる時も、亡くなってからも、一生懸命、俺を育ててくれたのに、俺、最近までぐれてて」紺谷君の声は話すほどに震えていく。「父さんまでいなくなっちゃう」
紺谷君の小さな声に、普段は明るい子なのを知ってるから、こっちまで動揺しそうになる。
「紺谷君のお父さんは、紺谷君を残していなくならないよ。絶対」
紺谷君の手を力いっぱい握る。俺も不安だけど、年下の子が目の前でこんなに不安そうだと少し落ち着く。ひっぱられて動揺したら駄目だ。
この前会った時、また来てくれるって言っていたし、俺も来てって言った。直哉さんは約束を破らない。
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