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第44話 ドライブ
家を出て、階段を二人で降りた。車について助手席に座ってもらう。
「すみません。俺、ちょっとこういう予期せぬことにパニックになりがちなんです」
車に乗ると紺谷君は落ち着いたのか、すこし顔色がよくなった。
「仕方ないと思うよ」
「迷惑でしたよね、思い過ごしかもしれないのに」
「俺も遺書は見過ごせないから。全部思い過ごしでもさ、紺谷君をここまで不安にさせたんだから、俺を精一杯ひきづりまわして心配したって、紺谷君がお父さんをめちゃくちゃ怒る材料にしてもいいと思う」
ただ仕事に行ってて、携帯はなくしてるだけかもしれないとも思っている。俺にとっての直哉さんはずっと変わらずかっこいい大人で、いくら思い詰めても息子を置いていくようなことはしない。
「シートベルトお願い」
幸い天気はいいドライブ日和だ。エンジンをかける。
紺谷君のしたいようにしてあげたい。直哉さんにこれを機に息子に精一杯、好かれていると思い知らせたい。
「いままで、微妙な態度とってすみませんでした」
「いや、こっちこそごめん。父親が男に狙われてるなんて、もっと取り乱していいし、もっと軽蔑すると思うよ」
改めて謝られると本当に申し訳ない。
「でも、父さんたぶん、新しい女の人とか、子供はもういらないんだと思います。もしいてもきっと甘えられない。すごいかっこつけだから。だから、かっこいい男の人のほうがこれからの人生の隣を歩くにはいいパートナーになるかもしれない」
「無理しなくていいよ。いまはパニックで平常じゃないから、よくないこともいいって言ってしまうかもしれない。リラックスしてさ、どうでもいいこと話そう」
車を発車させる。携帯にナビを映し出した。今は昼過ぎ、夜になるころにはつくだろう。
「というか、俺、鈍感だったね」
「はい」
紺谷君はすぐにうなづいた。
「俺の店をすすめる男の知り合いってとこで気づいてもよかった。男で俺の店進めるなんて珍しいんだから普通に考えれば俺の知り合いのはずなんだよ。でも、いつもCランチだったからヴィーガンの店っていう感じで勧めてるんだと勘違いしたんだ。それなら客だろうって。この前、話した時に知り合いだった息子に最近、食の不得手のことを話したって言ってて、なにかひっかかると思ったんだ。紺谷君、うちの店は普通に勧めたんだよね」
「はい、普通においしい店って勧めました。父が偏食って知らなかったので、たんに食生活がやばくて、ひきこもってるみたいだったから、外に出るにはちょうどいい距離っていうのもあって」
いろんな事実が段階的に公開されていったのも気付きにくかった要因だ。最初からたんに息子のおすすめだと知ってたらもうちょっと早く気付けたかもしれない。
「そういえば、紺谷君、彼女いるんだって? 聞いてもいい?」
「はい。高校の頃からずっと続いてて、むこうは高卒で社会人なんですけど、近くというか同じアパートに住んでて」
「それで家、出たのか。いいね」
「それもそうです。それに、父さんまだ若いから、息子いない方が次見つけやすいかなって」
そして現れたのが10も年下の男。つくづく申し訳ない。
「父さんにも新しい彼女か。息子はとっくに前向いて人生を歩んでるな。父さんにはやっぱり怒らないと、もうそろそろ自分の未来のことを見なさいって、息子は充実してるよってさ」
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