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第46話 お礼
寒いから移動しようと三人で車に乗った。とりあえず温泉街でご飯でもと話していると、駅前で紺谷君がおもむろに止めてと言った。
「終電間に合いそうだから、電車乗って帰る。父さん、心配かけた詫び、電車賃頂戴」
紺谷君は強い口調で直哉さんの前に手を出した。
「せっかく遠いところまで来たんだし、泊まっていけばいいのに」
「俺、父さんみたいに暇じゃないから」
せびられるまま直哉さんは紺谷君にお金を渡した。
「知花さん、本当にありがとうございます。迷惑を掛けました。これにこりず仲良くしてもらえたら嬉しいです。知花さんはどうしますか」
「どうしよう。お腹すいたし、とりあえず先にご飯は食べたい」
「今度、今日のことお返しさせてください。明日の店のこととかも、俺にできることあったら言ってくださいね」
紺谷君は別人のように、いつもの好青年に戻った。なかなかのスイッチの速さだ。
「うん、ありがと」
じゃあ、と紺谷君は直哉さんにはあいさつもなく去ろうする。
「気をつけて帰れよ」
「うるさ。知花さん、運転で疲れてると思うから、父さんがお礼しといてね」
「むちゃくちゃだな」
と言いつつ直哉さんはうれしそうに手を振った。
紺谷君の背中が見えなくなったのでまた車を動かす。
「紺谷君、直哉さんに会ったらすごいツンツンだったけど、俺に連絡くれたときはめちゃくちゃ慌てていて、あんな紺谷君はじめてみました」
「そうかい? あの子、母親に似てちょっと動転しやすいからね。いい彼女がいるみたいで、だいぶ落ち着いたけど」
「そういえば、さっき話してました。近くに住んでるって」
「そうそう、半同棲みたい。自分が幸せだから、一人暮らししてすぐの頃は、父さんも早く次見つけろよって生意気だった。最近言わなくなったけどね」
さっき紺谷くんから聞いた話とはニュアンスが違う。どうやら父親の前ではずっと逆ねこかぶりみたいだ。
「知花君は食べたいものある? 運転も疲れただろう。よければ俺の泊まってる部屋でルームサービスを頼むから、仮眠していけば?」
ずっと運転で座っていたので、横になれるのは魅力的だ。だけど、直哉さんの泊まってる部屋というのはよくない。
「息子もお礼しといてと話してたし。泊まる部屋のルームサービスに精進料理のメニューがあって、それなら俺も一緒に食べられるから」
そうか、一緒に食事なら店を探さないといけない。朝から何も食べてない空腹に、急に疲れもでてきて、よくないとわかりつつもお邪魔することにした。
ついた建物の外観は旅館然としているが中はホテルのような様式だ。最近できたみたいで部屋も洋室だと、直哉さんは話してくれた。
直哉さんがフロントによったので、一呼吸着いた。まるで二人で旅行に来たみたいでどきどきする。ただ休憩するだけと自分に言い聞かせても落ち着かない。もう粗相をおこしたくはない。食べたらさっさと帰ろうと決意する。直哉さんが戻ってきたので二人で部屋に向かった。
「どうぞ」
直哉さんは昨日と今日と二泊とのことで、スマートに部屋に通してくれる。
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