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第47話 無神経
「えっ、ベッドでかい」
部屋は聞いていた通りきれいな洋室だけど、ベッドがやたらと大きい。大人二人が寝転んでも余裕だ。そのベッドをオレンジの柔らかい照明が照らしている。
「ダブルベッドだから。温泉街ってあんまりシングルの部屋ってないんだよ」
あまり目に入れたくないけど。部屋をほぼベッドがしめているからどうしても目に入る。
よこのソファーに促されて、落ち着かないながらも座る。
「ごはんどうする?」
メニュー表を見せてもらったけど、どうにも気がそぞろで、おすすめと書かれたものをそのまま選んでおねがいした。
「ご飯くるまで少しあると思うけど寝る? きたら起こすよ」
「いえ、おかまいなく」
寝るとはこのベッドでということだろうか。ベッドメイクはされてるけど、昨日直哉さんが寝たいい雰囲気のベッドなんて寝られない。なにもないなんてわかっているし、直哉さんなりの気づかいとはわかっているけど、ちょっと無神経ではないか。
「今日は、息子にお願いされて?」
「そうです。行方を知らないかって、紺谷君、故郷もどこかわからないって」
「隠してたわけじゃないし、石川県ぐらいは言ってたと思うんだけどな。具体的に言ってなかったとは思うけど」
直哉さんはずいぶんリラックスしてすごしている。
反対に俺はずっと不自然だ。もうなりふり構わず帰りたいと緊張が高ぶっていたけど、食事も頼んだ以上ほんとにでてしまったらおかしい。そう、うだうだとしている間に食事がきてなんとか持ちこたえた。
食事を食べていると少し緊張が緩和した。よくわからないままに頼んだのは和食の幕の内だったようでどれもおいしい。
「これ、おいしい」
「それは何?」
「卵となんでしょう?」
和食風だけど創作らしく、料理はよくわからないものが多かった。見たこともないような食材もあるけど、どれもおいしい。
「お嫁さんは、ヴィーガンじゃなくて、ベジタリアンでした? 卵は食べられる?」
無精卵の卵はベジタリアンなら食べてもいいはずだけど、ヴィーガンは食べない。
「卵も駄目だな。子供とか若い頃は、卵と乳製品は食べてたはずなんだけど、飼育の問題みたいなのを見て食べられなくなって、でも……」
「でも?」
先を促した。お嫁さんのことを聞くのはいろんな意味で悲しくてむなしいけど、話す場所がない直哉さんのことを思うと前向きに聞こうと思えた。
「卵は」直哉さんはそこで思い出すように斜め上を見上げる「千鶴は肉や魚を食べられない自分が嫌いだった。虫も殺せなくて、生まれ変わったら虫を躊躇なくチラシでパンってできる人間になりたいっていつも言っていた。こんな風に思う自分は優しいんじゃなくて、弱いだけで、こんな繊細な人間に生まれたくなかったと。それで、飼育はかわいそうだけど、無精卵から少しづつ食べたいって言っていて。じゃあ頑張ろう、応援するって、最初はそこからだったんだ」
「お嫁さん、わかってたと思います。直哉さんがお嫁さんを愛してたって」
「ありがとう。そうだね、それをちょっと忘れてた。呪いだなんて、肉も魚も食べられないような子が、俺を呪うなんてそんなはずないのにね」
直哉さんの声はほんの少しだけ震えていたきがした。
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