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ハイスペックな彼氏③
病院を出た俺は、重い足取りで自宅へと向かう。
まるで、体に鉛がついているかのようだ。
高級住宅地のタワーマンションの高層階に、俺の自宅はある。誰もが羨む、夢の城だ。それなのに、俺は自宅に帰ることが憂鬱でならない。
大きな溜息をつきながら、エレベーターのボタンを押せば、俺の沈んで行く心とは裏腹に体は上へ上へと運ばれて行く。
重たいエレベーターの扉が開かれて、トボトボと廊下を歩けば、自宅の前へと嫌でも到着してしまった。
鍵を開けて、ドアノブをガチャッと引けば眩しい室内の光に思わず目を細める。普通なら、みんな早く家に帰りたい一心で一日を過ごしていることだろう。
一秒でも早く家に帰って、美味しいご飯を食べて、温かいお風呂に入って、フワフワの布団に潜り込みたい……きっとそう思うはずだ。
でも、俺は違う。
なぜならば……。
「遅いぞ、葵」
玄関の壁に寄り掛かり、その人物は軽く俺を睨み付けてくる。
「ご、ごめんなさい。記録が終わらなくて……」
「本当に記録か?看護師とナースステーションでイチャイチャしてたんじゃねぇの?」
「え?見、見てたの?」
「見てた。凄く楽しそうにしてたから……」
今度は、下唇を尖らせて子供みたいに拗ねた顔をしている。
「別に楽しそうにしてた訳じゃ……」
「いいや、楽しそうだった」
「そんなことない!」
「別にいいよ。葵は元々ノンケなんだから。俺なんかより、可愛い看護師のが好きだよね」
クルリと俺に背を向けてリビングへと向かおうとしたその腕を、俺は咄嗟に両手で掴んだ。
「お願い、怒らないで成宮先生!別に、あの看護師さんのこと、何とも思ってないよ」
「ふーん……」
まだ拗ねたような素振りを見せるから、腰に腕を回して正面から抱きついた。
「大丈夫です。俺は成宮先生だけの物だから」
ギュッと抱き締めて、その首筋に顔を埋める。お風呂に入ったのだろうか……成宮先生からは、シャンプーのいい香りがした。
そう。俺と成宮先生は一緒に住んでいる。
そして、俺が研修医時代からの恋人だ。
正直言って、何でこんなハイスペック男が、自分の彼氏なのかなんて、未だに理解できていない。いや、きっと説明されても納得できるはずなんてないだろう。
俺は、別に取り柄がある訳でもないし、代々続く医者の子供という訳でもない、The普通系男子。よく「可愛い」なんて言われるけど、格段モテることもないし、付き合った人の数なんて片手で十分足りてしまう。
普通過ぎて、つまらない男なのだ。
見た目だって、真ん丸な目に、フワフワのくせっ毛。今年で25歳にもなるのに、いつまでたっても子供みたいな外見をしている。身長も高くはないし、筋肉質でもない。俺を見た人は、「可愛い」ってまるで小動物を見たかのように目を輝かせるのだ。
それでも、実習先の病院で見かけた成宮先生に憧れて、彼を追って小児科医になった。優しくて、真面目な働きぶりに、当時の俺は強い感銘を受けたから。
成宮先生みたいに、誰からも好かれる医師になりたい……そう思って、辛い勉強や実習も乗り越えてきたんだ。
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