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離れ離れの夜に③

「あーーー!!何やってんだよ、俺は……」  俺は机に突っ伏して頭を掻きむしる。成宮先生に流されたとは言え、職場で何てことを……。後悔してもしきれない。できることなら、今朝の記憶を消し去ってしまいたかった。  そんな感情とは裏腹に、中途半端に火照ってお預けを食らってしまった体が、切なく疼いて仕方ない。つい先程まで、成宮先生に虐められていた後孔が、彼を求めて止まないのだ。  そんな俺に気付いたのか、成宮先生はニヤニヤと嬉しそうな顔をして近付いてきては、腰を撫でてみたり、尻を触ってみたりとセクハラを繰り返している。  その挙句に、 「帰ったら可愛がってやるよ」  と甘く耳打ちされて、一瞬で顔が火照るのを感じた。「からかわないでください!」と言い返したいのに、ギュッと目を閉じて耐えることしかできない。  だって、俺は成宮先生に可愛がってもらいたくて仕方ないんだ。 「だから、今日は早く帰ってこいよ」  最後に頭をクシャクシャっと撫でられれば、素直に頷いてしまう自分がいた。  とは言ったものの、医師や看護師が定時で仕事を終わらせられるはずなんかない。もうすぐ帰れる……とホッと息をつく瞬間に、大概ハプニングは発生する。これは、もう医療現場あるあるだろう。  今日もそろそろ帰ろうかと荷物をまとめ出した瞬間、PHSの呼び出し音が鳴った。慌てて病室に駆け込んで処置をすれば、命に別状はなく……安堵の溜息をつく。  そして時計を見れば、もう夜の9時。約3時間のサービス残業だ。  さぁ、帰って成宮先生に抱いてもらうぞ!なんて元気は綺麗に消え去っていた。とにかく早く帰って寝たい……その一心で、俺は最後の気力を振り絞って帰路についた。  帰りの電車の中で爆睡した俺は、重たい体に鞭打って改札口へと向かう。 「あ、雨だ……傘ないや……」  電車に乗ってる時には気付かなかったけど、空からは大きな雨粒が落ちてきていた。  こんなに頑張って働いたのに、ずぶ濡れで帰らなきゃいけないんだろうか。そう思うと泣けてくる。  タクシー乗り場には、長蛇の列ができているし、近くのコンビニへ寄るのも面倒くさい。諦めてパーカーのフードを被った瞬間、 「こら、傘もささないで風邪でもひいたらどうすんだよ?」  突然、力強く腕を引かれる。慌てて振り向けば、私服姿の成宮先生が立っていた。 「成宮先生……」 「ほら帰るぞ?」  ぶっきらぼうに傘を手渡してくる。 「わざわざ迎えに来てくれたんですか?」  嬉しくて、思わず成宮先生の顔を覗き込んだ。もしそうだとしたら、凄く嬉しい。だけど、成宮千歳がそんな可愛らしい男の訳がないんだ。 「はぁ?何言ってんの?最近コンビニで発売になったプリンが美味いから買いに来ただけ」 「あ、そうですか……」 「そうに決まってんだろ。わざわざお前を迎えなくるわけないじゃん。ほら、帰るぞ」  俺にクルリと背を向けて、さっさと歩き出してしまう。そんな成宮先生の背中を、俺は必死に追いかけた。  でもね、先生。俺は知ってます。  ダイエット中の先生は、最近甘い物を控えているということを。何やかんやで、俺を迎えに来てくれたんですよね……ありがとうございます。 「もう少し人気のない場所に行ったら、こっちの傘に入ってきてもいいぞ?」 「本当ですか?嬉しいなぁ」 「今日は残業を頑張ったから、特別だ」 「はい。ありがとうございます」  どんな顔をしてこんな事を言っているのかが気になって、先生の顔を覗き込んでみたけど、傘に隠れてその表情を見ることは出来なかった。 「ほら、俺の傘に来い」  少し歩いてから、成宮先生に優しく肩を抱かれ、2人で1つの傘をさして自宅へと向かったのだった。

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