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離れ離れの夜に④
「どうか、平和な夜になりますように…!!」
夕飯のカップラーメンにお湯を注いで3分待つ間、俺は神頼みに余念が無い。
今日は俺が当直の日なのだが、新米医師にとって、当直というものはプレッシャーとストレスでしかない。ただでさえ未熟なのに、夜間に救急外来を訪れるありとあらゆる症状を抱えた子供達を、1人で対処しなければならないのだ。
ちょっとお腹が痛いとか、指を切ったとかなら何とかなるけど、明らかに「ヤバい」という患者さんが来てしまった日には、パニックになりそうになる。
今の俺にできることは、とにかく平和に朝を迎えられるよう祈るだけ。
「いただきます」
いつ、緊急の連絡がきてもいいよう急いでラーメンを食べてしまおうとしたそんな時、無情にも呼び出しのDr callが、静かな室内に響き渡った。
「あー、来たか……」
俺は盛大に溜息をつきながら、カップラーメンの蓋を閉じた。
「これは、マズイ……」
たった今救急車で運ばれてきたのは、まだ2歳になったばかり男の子。全身がチアノーゼと言われる紫色に変色し、呼びかけても全く反応がない。
「窒息……いや、心不全……もしかして全然違うことが原因か……」
背中を冷たい汗が流れて行く。呼吸が浅くなり、目眩がした。立っているのもやっとで、発狂したくなる衝動を何とか堪える。
駄目だ、俺1人で手に負える状態じゃない。でも、それでも自分は医師だ。迷ってる暇なんかない、何とかしなければこの子は死んでしまうかもしれない……。
咄嗟に脳裏を横切る、意地の悪い笑顔。
あの人なら、成宮先生ならこんな場合どうするだろうか。成宮先生なら……。
俺は震える指先で、PHSのボタンを押す。その番号は、もうかけ慣れた番号だ。
プルルル……。
その呼び出し音が長く長く感じられた。
成宮先生、お願い……出てください。お願いだから……!
「もしもし?」
PHSの向こう側から聞こえてくる、ぶっきらぼうな声。やっぱり看護師さん達と話してる時の声とは全然違う。それでも、俺からしてみたら誰よりも頼れる声なのだ。
「成宮先生……?」
「ん?どうしたよ?」
あまりの俺の慌てぶりに、成宮先生も困惑しているのがわかる。でも、成宮先生の声、メチャクチャ安心する。
「今、救急搬送されてきた2歳の男の子なんですが、全身チアノーゼで意識レベルはⅢ-300。目立った外傷はありません。でも呼吸がいやに浅くて、脈は微弱です。それから、それから……」
目の前にいる男の子の症状を、ノンブレスで報告した。
「わかった。わかったから、まず落ち着け。俺がついてるから」
「え……」
その言葉に、心臓がトクンと甘く跳ねる。それと同時に「あ、大丈夫なんだ。何とかなる」と全身の力が抜けて行くのを感じた。
「血圧とサチュレーションは?」
「血圧は78/40。サチュレーションは86%です」
「マジか……かなりヤバい状態だな。いいか、葵。今から俺が指示する通りに動け?大丈夫だ、慌てるな。いいか?」
「はい」
「よし、いい子だ。じゃあ、まず……」
俺は成宮先生からの指示を必死にメモをする。ペンを持つ手がカタカタと震えた。
その瞬間、男の子に装着されている心電図モニターのアラーム音が鳴り響く。
「先生……血圧と心拍数がどんどん下がってます」
「大丈夫だ。とにかく点滴をフルオープンで落とせ」
「死んじゃう。死んじゃうかもしれない……どうしよう……」
俺は、パニック状態だった。せっかく成宮先生が色々指示を出してくれたのに、果たして自分はそれができるだろうか。俺に、この男の子を救えるのだろうか……。
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