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離れ離れの夜に⑤

「先生……成宮先生……」  全身がガタガタと音をたてて震え、その場から逃げ出したいと思う自分もいた。怖くて仕方ない。結局、俺は出来損ないの医師なんだ。  グッと拳を握り締め、唇を噛み締める。もう、声を出して泣きたかった。 「葵……」  そんな俺の鼓膜に、優しくて低い成宮先生の声が響く。俺が大好きな成宮先生の声だった。 「大丈夫だよ、葵。葵ならできる」 「先生……」 「行け、葵。俺がついてるよ」 「…………」 「頑張ってこい」  その声に、背中を押された気がした。大丈夫だ、自分には、こんなに優しい恋人がついているんだから。 「はい。やってみます」 「よし、いい子だ」  電話を切った俺は、深く深呼吸してから、不安そうに自分を眺めていた看護師さん達と向き合った。 「点滴を開始します。24G(ゲージ)のサーフロー針ください。それから、至急でCTを撮影するので連絡入れてください。酸素もマスクで3ℓから開始しましょう」 「はい!」  一斉に看護師さん達が散って行く。その姿に、俺は心強さを感じた。それから、自分で目の前で苦しそうな呼吸を繰り返す男の子に、俺はそっと声をかける。 「大丈夫だよ、俺が……ううん。俺と成宮先生が、絶対に君を助けてあげるから」  それから「よしっ!」と気合いを入れて邪魔な白衣を脱ぎ捨てた。  なんやかんやで、全ての処置が終わった時には、日付けが変わっていた。  夕飯のカップラーメンなんて、スープを全部吸ってしまっていて、モジャモジャの麺がギッシリと容器に詰まっている。その変わり果てた姿に、どっと疲れが押し寄せた。 「あー、疲れたなぁ……」  椅子に倒れ込むように座った。  最終的に、男の子は何とか一命を取り留めたのだった。まだ油断はできない状態ではあるものの、順調に回復していってくれると思う。  涙をボロボロこぼしながら、何度も何度も俺に頭を下げ続けるご両親の『ありがとう』という言葉が、俺の心にゆっくりと染み込んで行った。今も尚、心がポカポカと温かい。 「医者になって良かった……」  モジャモジャの麺を頬張りながら、ポツリと呟く。  ホッとしたのと、男の子を助けることができて嬉しかったのと……いろんな感情がゴチャゴチャになって泣きたくなった。  ピコン。  次の瞬間、プライベートのスマホがメールの着信を知らせた。メールを見た俺は、思わず微笑んでしまう。なぜなら、成宮先生からのメッセージだったから。 『大丈夫だったか?』  実に素っ気ない、気の利かない一言。  それでも、俺は凄く嬉しかった。こんな時間まで、自分を心配して起きててくれたんだ……って、胸がいっぱいになる。 『大丈夫でした。ありがとうございます』 『結局は、お前は俺がいなきゃ駄目なんだな?』  スマホを見ながら、いつもみたいにニヤニヤしてるのかな……なんて簡単に想像がついたけど、ぶっちゃけその通りだ。俺は、成宮先生が居なければ、何もできないのかもしれない。 『千歳さんがいてくれて、本当に良かったです。それに千歳さん、凄くかっこよかった』  思わず出た本音。でも、でも俺は……本当に先生のことが……。 『突然なんだよ?気持ち悪ぃ。寝れる時に寝とけ。お疲れ』  それを最後に、成宮先生からのメールは途絶えてしまう。  照れて顔を真っ赤にする成宮先生の顔が頭に浮かび、幸せな気持ちになった。  

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