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猫と風鈴と七夕と②

「風鈴の鳴る音が『葵、葵』って俺の代わりにお前の名前を呼んでくれるから。寂しくないだろう?」 「えぇ?」  そのあまりにも突拍子もない発想に、いささか驚かされてしまう。だって、あの風鈴の音色は『葵』には聞こえない。 「なに?なんか不満なわけ?」 「不満もなにも、チリンチリンにしか聞こえません」 「あー、もう!お前はわかってねぇなぁ!」  不満タラタラの可愛くない俺を、成宮先生はそれでも優しく抱きしめてくれる。  俺は医者としても半人前だし、家事も成宮先生のが得意だ。 しかもベッドの上では陸に打ち上げられたマグロ状態で、プルプルと震えることしかできない。  仕事でも恋人としても、何にも役に立たない哀れな猫。  その癖、成宮先生を試したくなる。どこまでワガママを言ったら怒られるのだろうか。どこまでワガママを言っても、許されるのだろうか。  こんな子供みたいな寂しい気持ちが、俺の心を揺さぶり続けた。 「風鈴に俺の子守りを任せて、成宮先生はどっかに行っちゃうんですか?」 「違ぇよ、バァカ」  俺の前で口が悪くて横柄なこの人は、本気で怒ることなんてほとんどない。だからこそ、甘えたくなる。普段、聞き分けのいい葵でいた分、成宮先生に甘えたくて仕方ないのだ。 「ずっと傍にいてください」 「止めろ、そういうの。仕事に行けなくなっちまうだろ」  寂しそうに笑う成宮先生を見れば、あぁワガママ言い過ぎた……と罪悪感に押し潰されそうになってしまう。  ごめんなさい。優し過ぎる貴方をこんなにも困らせてしまって。 「ごめんなさい、嘘です。俺は大丈夫だから」  本当は寂しいんだけど、愛されていたいから無理して作り笑いをする。可愛い可愛い猫でいようと、心に決めているのだ。 「成宮先生、お仕事頑張ってきて」 「あぁ。すぐ帰ってくるから待ってろ」  最後にギュッと強く抱きしめてくれてから、成宮先生は家を後にした。 「あぁ、雲が流れてく」  窓から空を見上げて、思わず呟く。今日は真夏日になるって天気予報のお姉さんが言ってた。予報は的中で、燦々と太陽の日差しが、高層マンションの馬鹿みたいに大きな窓から差し込んでいる。 『葵、葵』  朝から付けたままのエアコンの傍で、風鈴がチリンチリンと鳴っている。  でも、自分の名前を呼んでいるようには聞こえない。ただ、その涼しくて優しい音色は、疲れきっている自分の体をそっと撫でてくれているみたいだった。  そんな俺は、鈴を付けられた飼い猫のように思える。  飼い主が大好きで大好きで、玄関のドアが開かれるのを今か今かと待っているのだ。小さな音も聞き逃さないように、耳をそばだて、すぐにでも飛び付けるように姿勢を低くして。  そうやって、飼い主の帰りを今か今と待ちわびている。  成宮先生の恋人になってから、俺は酷く彼に依存するようになってしまった。  元々、『好きだ好きだ』とまとわりつく成宮先生に流されていた部分が多かった関係だったけど、今はその関係が逆転しまったように感じる。  成宮先生が好きで好きで仕方ない。  甘えたいし、ずっと傍にいたい。あの人の全てを独占したいくせに、素直になりきれない。結果、究極の天の邪鬼が完成してしまった。

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