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猫と風鈴と七夕と④

 久しぶりの外はとにかく暑くて、蕩けそうになってしまう。  暑さから逃げようと行きつけのスーパーに駆け込んだ瞬間、可愛らしい女性の店員さんに、 「これどうぞ!只今、先着20名様にプレゼント中です!」  と笑顔である物を手渡された。 「あ、ありがとうございます」  咄嗟に受け取ったものを見れば、小さな笹の枝と色んな色の短冊だった。 「あー、もうすぐ七夕だ……」  体調を崩してからは、カレンダーとは無縁の生活を送っていた俺は、少しだけビックリしてしまう。 「そっか。もうすぐ会えるんだね」  スーパーからの帰り道、少しずつ真っ赤に染まる空を見上げながら、呟いた。  七夕の日だけに会える、織姫と彦星。  さぞや一年が長かったことだろう。今の俺なら、成宮先生に会いたくて天の川を無我夢中で泳いでしまうはずだ。  だって、今だってこんなにも会いたくて仕方ない。  一緒に住んでるんだから、毎日嫌でも会える。だけど、成宮先生が職場の上司になる瞬間や、数時間会えないだけで俺は寂しくて寂しくて仕方ない。 「すっげぇ忍耐力だよなぁ……」  きっと今頃、七夕に向けて一生懸命準備をしているであろう恋人達に、俺は尊敬の念を抱かずにはいられなかった。 「俺は、織姫なんかにはなれない……」  今日も俺は、きっと玄関に蹲って愛しい愛しい恋人の帰りを待つのだ。  もし自分が成宮先生と年に一度しか会えないとしたら、彼を連れ去って、誰も追ってこない場所まで逃げるだろう。  それか、全財産を投げ打って天の川に橋を掛けるか、埋め立ててしまえばいい。  全く健気とは程遠い自分のことが、心底可愛くないと感じた瞬間だった。 『少し残業して帰る』  そう成宮先生からLINEがきたから、俺はもう少しの間だけいい子にしていなければならない。 「あ、そうだ。短冊……」  せっかく貰ったんだから、七夕飾りでも作ってみよう……少しだけやる気になったから、ペンを持って短冊と向き合った。 「よし、書くぞ!」  そう息巻いて、短冊に願い事を書こうとした手が、全く動こうとしてくれない。  大体、俺の願い事ってなんだ……?  はて……と、首を傾げた。  お金は、職業柄自分の年齢の割には持っているし、早く元気になりますように……そんな願い事を果たして織姫と彦星にしていいのだろうか。厚かましくはないだろうか。  それに、本当に自分が叶えて欲しい願い事は、健康なんかじゃない。 「千歳さんとずっと一緒にいられますように」  試しに短冊に書いてみたけど、何だか恥ずかしくなってしまう。 「でも、これが本当に願っていることだから!」  そう自分に言い聞かせながら、ペンを走らせた。 「ずっとずっと千歳さんに好きでいてもらえますように」 「もっともっと二人で過ごせる時間が増えますように」 「もっともっと可愛い葵になれますように」  一気に短冊を書き上げて、ふと我に返った瞬間。顔から火が出そうになる。   さっき貰った短冊は、全て成宮先生とのことで埋め尽くされていたのだから。 「どんだけ成宮先生が好きなんだよ……」  少しだけ伸びた髪をガシガシと掻きむしる。 「これじゃ、重た過ぎて嫌われちゃう」  目頭が熱くなってきたけど、せっかく書いたんだからと思い、小さな笹の枝に短冊を結わえて行く。  自分の強過ぎる思いを、七夕飾りに受け止めて欲しかったのかもしれない。  さすがに、こんなヘビー級の短冊だけでは申し訳ないと、折り紙で輪っかの飾りを作って吊るしてみる。  久しぶりの工作に、ワクワクする自分がいた。 『葵、葵』 「なんだよぉ」  風鈴が自分の名前を呼んだから、つい返事をしてしまう。 「早く来て。千歳さん……」  ゴロンと床に寝ころべば、机の足に縛ってある笹の枝が、エアコンの風でユラユラと揺れている。  織姫と彦星が本当に居るのだとしたら、七夕の夜に会えるといいね。  ちっぽけな猫は、地上から祈ることしかできないけど……恋人に会えない辛さはわかるんだ。  だから、会えるといいね。

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