28 / 184
あなた色に染められて⑧
「なぁ、今の女誰?」
「え?だから、薬剤師の木下……」
「そうじゃねぇよ、何者かって聞いてんの」
「はぁ?」
病室まで行くには、長い長い廊下を歩かなくてはならない。朝の眩しい日差しが差し込む廊下は、白くキラキラと輝いている。暑い暑い夏が終わって、季節は一気に冬へと向かっているように感じられた。
「普通に考えて、ただの薬剤師が、わざわざ小児科まで挨拶に来るわけねぇだろうが……」
先程まで美優に向けていた笑顔はすっかり影を潜め、明らかに不満そうな表情を浮かべる成宮先生がいる。その全てを悟ったかのような素振りに、「さすがに食えない人だな……」って感じた。
「あいつと付き合ってたの?」
「…………」
普段、俺のことなんかお構い無しにスタスタと先を歩く先生が、今日は俺の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれているのがわかる。
「付き合ってたんだろ?あいつと」
クルリと俺を振り返る成宮先生は、やっぱり拗ねたような、寂しそうな顔をしている。
「答えて、葵」
その普段は絶対に見せないような苦しそうな表情に、俺の胸がギュッと締め付けられた。
「答えろよ……」
そのいつもの成宮千歳とは思えない程のか細い声に、俺は誤魔化すことも、嘘をつくこともできなかった。
「先生のおっしゃる通り、美優とは、大学時代付き合ってました」
「そっか……」
小さくそう呟いた後、俯く成宮先生。サラサラの前髪が静かに顔にかかって、伏し目がちな視線が彼の美麗さを更に引き立てた。
「じゃあお前は、あいつを抱いたんだな……」
「え?」
「お前は、男として、あいつを抱いてたんだろう?」
今にも泣きそうな顔をしながら微笑まれれば、俺まで泣きたくなった。初めて見る、そんな弱々しい表情を俺は見たくなんかない。俺が見たかった先生の笑顔は、そんなんじゃないから。
「あんなブスの、どこがいいんだよ?趣味悪過ぎんだろ……」
まるで子供のように不貞腐れた成宮先生は、凄く可愛らしいけど、それ以上に痛々しかった。
ともだちにシェアしよう!