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あなた色に染められて⑧

「なぁ、今の女誰?」 「え?だから、薬剤師の木下……」 「そうじゃねぇよ、何者かって聞いてんの」 「はぁ?」  病室まで行くには、長い長い廊下を歩かなくてはならない。朝の眩しい日差しが差し込む廊下は、白くキラキラと輝いている。暑い暑い夏が終わって、季節は一気に冬へと向かっているように感じられた。 「普通に考えて、ただの薬剤師が、わざわざ小児科まで挨拶に来るわけねぇだろうが……」  先程まで美優に向けていた笑顔はすっかり影を潜め、明らかに不満そうな表情を浮かべる成宮先生がいる。その全てを悟ったかのような素振りに、「さすがに食えない人だな……」って感じた。 「あいつと付き合ってたの?」 「…………」  普段、俺のことなんかお構い無しにスタスタと先を歩く先生が、今日は俺の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれているのがわかる。 「付き合ってたんだろ?あいつと」  クルリと俺を振り返る成宮先生は、やっぱり拗ねたような、寂しそうな顔をしている。 「答えて、葵」  その普段は絶対に見せないような苦しそうな表情に、俺の胸がギュッと締め付けられた。 「答えろよ……」  そのいつもの成宮千歳とは思えない程のか細い声に、俺は誤魔化すことも、嘘をつくこともできなかった。 「先生のおっしゃる通り、美優とは、大学時代付き合ってました」 「そっか……」  小さくそう呟いた後、俯く成宮先生。サラサラの前髪が静かに顔にかかって、伏し目がちな視線が彼の美麗さを更に引き立てた。 「じゃあお前は、あいつを抱いたんだな……」 「え?」 「お前は、男として、あいつを抱いてたんだろう?」  今にも泣きそうな顔をしながら微笑まれれば、俺まで泣きたくなった。初めて見る、そんな弱々しい表情を俺は見たくなんかない。俺が見たかった先生の笑顔は、そんなんじゃないから。 「あんなブスの、どこがいいんだよ?趣味悪過ぎんだろ……」  まるで子供のように不貞腐れた成宮先生は、凄く可愛らしいけど、それ以上に痛々しかった。

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