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あなた色に染められて⑨
「先生、こっちに来てください」
「ちょ、ちょっと水瀬……」
「いいから、来て!」
俺は力任せに、成宮先生を近くにあったリネン室に引きずり込んだ。普段ならこの部屋に立ち込めるカビ臭さが気になるのに、夢中になっていた俺は、そんな事を感じる余裕さえなかった。
窓が1つもないリネン室は、照明をつけなければ昼間でも薄暗い。そんな埃臭い部屋の壁に、勢い良く成宮先生を押し付けた。
「確かに俺は美優と昔付き合ってました。でも、今俺が付き合っているのはあなただ。だから、美優は関係ない」
「お前には関係ないかもしれないけど、俺には関係ある」
「関係ない!」
「ある」
「なんで!?」
俺が普段成宮先生に大声を出すことなんてないけど、今日は何だかイライラしてしまった。
だって、昨日あなたは、あんなに激しく俺を抱いたじゃないか。羞恥心も男としてのプライドも全て投げ打って抱かれたのに、それが全然伝わっていないことが悲しくて仕方なかった。
「だって、俺は男だけど……あの子は女だ……」
「成宮先生……」
「それに、俺はゲイだけど、お前はノンケだ」
「…………」
「俺は、あの子に勝てないだろう?」
苦しそうに俺を見つめる成宮先生の視線が痛くて、目を逸らしたい衝動に駆られる。
「ただそれだけだ。ほら、回診に行くぞ」
成宮先生がリネン室の扉を開けば、眩しい光が一瞬で目に飛び込んできて……普段は大きくて頼もしいその背中が、見えなくなった。
「葵、久しぶりにご飯行かない?」
「あ、でも……俺さ……」
「ん?なんかあんの?」
更衣室に向かう途中、美優に呼び止められる。今日はいつも通りのサービス残業を終えて、成宮先生と一緒に帰ろうと思っていた。だって、今日の成宮先生はいつもと様子が違ったから、放ってなんかおけない。
「美優、俺さ……」
「行ってきたらいいだろ?」
「え?」
突然聞こえたきた聞き慣れた声に、思わず振り返る。
「あ、成宮先生」
「久しぶりの再会なら、ご飯くらい行ってきたらいいよ」
俺の横を通りかかった成宮先生に、ポンポンと肩を叩かれる。
「水瀬、親睦は大切なことだよ?」
普段俺に見せることなんてない笑顔を向けられれば、悲しくなってしまう。
成宮先生にはいつも叱られて、謝ってばかりいる。それが凄くストレスだったけど、作り物の笑顔を向けられほうがよっぽど辛いんだ……って、その時知った。
「行っておいで?」
俺の頭をクシャクシャと優しく撫でてから、先生は更衣室へと消えて行っしまう。バタンと更衣室の扉が閉まる無機質な音が、やけに鮮明に鼓膜に響いた。
「じゃあ、行こうか?」
それを見届けた美優が、嬉しそうに笑いながら俺の腕に飛びついてきた。
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