33 / 184
苦いのに甘い飴②
そんな俺に救世主が現れる。
「今日から小児科病棟で研修をさせていただきます、遠野未羽 です。よろしくお願いします」
「あ、俺、水瀬葵って言います。よろしくお願いします」
違う病院から、研修医が期限付きで実習に来たのだ。他施設で研修を受け、新しい知識を身に着けることを目的としているようだが、病棟にまた違った風が吹くようで楽しいなって感じる。
それに、わざわざこの病院を指名してきてくれたっていうことが、凄く嬉しい。
何より……。
「遠野君の指導医を務めます、成宮です。よろしくお願いします」
成宮先生が遠野と自己紹介した青年に、営業スマイルを向けている。
「はい、よろしくお願いします」
そんな見た目のいい成宮先生を見て、遠野は目を輝かせてた。この人の本性を知らないなんて、気の毒な人だ……。
遠野は瘦せ型で、少年のような見た目をしている 、可愛らしい雰囲気を持った男だった。それに優しそう。
「よっしゃ!」
俺は心の中でガッツポーズを作る。
今小児科にいる研修医は俺だけだ。ということは、嫌でも俺が目立ってしまうのだ。でも2人いれば怒られるのも半分になるかもしれない。木の葉を隠すなら山に隠せ……これで俺は目立たなくなることだろう。
ホッと胸を撫で下ろしていると、成宮先生がニヤニヤしながら近付いてくる。この顔をしている時は、俺を虐めたくて仕方ない……っていう時なのだ。
嫌な予感しかしない。
「仲間ができたからって楽になると思うなよ?」
「え、そ、そんなこと……」
この人は透視能力があるのだろうか……そう思える位考えを見透かされてしまった俺は、わかりやすく狼狽えてしまった。
「もし、あの遠野って奴が凄い優秀だったら……」
「あ……」
「お前は余計駄目に見えるかもな?」
「そんな……」
そうだ、考えもしなかった……そういうパターンもあるのか……。
俺は言葉を失ってしまった。
「でもな。俺は例え何人研修医がいても、葵しか目に映らないけどな」
「……え?」
「俺には、お前しか見えないって言ってんの!ばぁか!」
クシャクシャと頭を乱暴に撫でてから、成宮先生は行ってしまう。
その場には、俺と遠野だけが残された。
「えっと、遠野さん」
「未羽でいいよ。多分同じ年だし」
「本当?じゃあ俺は葵って呼んで」
「うん。ありがとう」
そう笑う遠野は凄くいい奴に見える。きっと仲良くできる……そう感じた。
その後、回診に行くまでの間、俺と遠野は少しだけ話をした。
遠野は昔、糖尿病を患って内分泌科に入院したことがあるっていうこと。将来的には小児科医になりたいって思っていること……自分の事をきちんと話してくれる遠野との話は、数分だったけど凄く楽しくて、充実したものだった。
この場所で、同じ立場で話ができるっていうことが、とても新鮮に感じられたから……。
ともだちにシェアしよう!