36 / 184
苦いのに甘い飴⑤
「またなの?本当にお前達はさぁ……」
「本当にすみません」
もう何回目だろう。こうやって遠野と2人で成宮先生に頭を下げるのは。でも、怒られるのも半分こだから……悪気ないなって思う。
「あのさ、なんでこんなに簡単に点滴抜かれちゃうわけ?抜かそうなら、はじめから包帯巻くとか、誰かについててもらうとか考えろよな?」
「はい。すみません」
「お前達はあの子に点滴入れられないだろうが?」
「はい。ごもっともです」
「はぁぁぁぁ……いいよ、俺が行ってくる。頼むから仕事を増やさないでくれよな」
「はい」
フラフラしながら医局を後にする成宮先生を、申し訳ない思いで見送る。そんな成宮先生を見て、遠野も痛々しい表情を浮かべていた。
もう遠野の前で、いい人を装う余裕もないようだ。
「ごめんなさい、成宮先生。俺達出来が悪くて……」
俺は心の中で呟いた。
「はい、飴あげる」
「あ、ありがとう」
遠野から飴を受け取って口に放り込む。この前と同じで、成宮先生とのキスの味がした。
それでも、自分のせいで疲れきってる成宮先生を見れば泣きたくなる。
自分はやっぱり、医者に向いてないのかな……って思えてしまうから。
大きな溜息をつきながら項垂れる俺を見た遠野が、ポツリポツリと話し始めた。
「僕、研修が終わったら小児科医になりたいんだ。だから、わざわざ成宮先生がいるこの病院に実習に来た。成宮先生をこの目で見てみたかったから」
そう話す遠野の目は何だかキラキラと輝いて見えた。
「僕さ、小さい頃腎臓の病気に罹って入院したことがあるんだ」
「え?そうなの?」
「うん。その時お世話になったのが、内分泌科医の佐久間 っていう人なんだ。出会った時は『悪魔』なんて呼んでたけど……」
懐かしそうに目を細めながら話し続ける遠野から、目が離せなかった。
「入院中の治療は凄く辛かった。何度も家に帰りたいって思ったし。ある時、僕は低血糖になっちゃって……そんな時に、佐久間先生からこの飴をもらったんだ」
「そうなんだ」
「だから、この飴は命の恩人なんだよ。本当はブドウ糖のがいいんだろうけどね」
そう笑う遠野を見れば、この飴をどんなに大切にしているのかが伝わってきた。
そりゃそうだ。口の中で溶けるまで時間がかかる飴より、すぐに溶けて体内に吸収されるブドウ糖のがいいに決まっている。
「僕は出来が悪い。今だって、成宮先生に怒られて泣きたいくらいだもん。でも、立派な医者になりたいんだ」
「未羽……」
「だから、葵も頑張ろう。葵は患者さんに優しいからみんなに好かれてる。だから、きっといい医者になるよ」
「うん。ありがとう……」
そんな話を聞けば自分も高校生だった頃に、成宮先生に命を助けてもらったことを思い出す。
俺も成宮先生を見て、医者になりたいと思ったんだ。
自分も、誰かの命を救いたいって。
そんなこと、忘れてたよ……。
「うん、頑張るね」
「良かった。じゃあ、もう1つ飴あげるね」
「ありがとう」
目頭が熱くなって、視界がユラユラと揺れる。
良かった、俺遠野に会えて……もし会えていなかったら、心が爆発して粉々に砕け散っていたかもしれない。
「未羽。本当にありがとう」
口に放り込んだ飴が、今度はひどく苦く感じた。
「良かった、未羽に会えて……」
涙を拭いながら、俺は一生懸命笑顔を作る。少しだけ、未来が明るく感じられた。
ともだちにシェアしよう!