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苦いのに甘い飴⑥

「また、お前らか……」 「はい、すみません」 「もういい加減笑うしかできねぇわ」 「本当にごめんなさい」  今日は遠野の研修最終日だっていうのに、相も変わらず2人で成宮先生に頭を下げている。  俺も遠野も頑張ったけど、あまり成長はしなかったかもしれない。  それでも未熟者同士、力を合わせて頑張ったこの経験は、自分の中でとてもいい思い出になった。 「産婦人科医の藤堂(とうどう)先生がお怒りだから、謝らなきゃだな」 「はい」  小児科と背中合わせの産婦人科。一度生まれてしまえば、赤ちゃんは産婦人科から小児科の領域になる。そのため、小児科と産婦人科は一緒に仕事をすることが多かった。  今日は、一緒に回診に回った産婦人科の部長である藤堂先生のお怒りをかってしまったのだ。  鬼のように怖い藤堂先生の所に行くのはとても憂鬱だ。肩を落としながら遠野と産婦人科病棟へ向かおうとした瞬間。成宮先生に肩を抱かれる。 「あ……」  その温かさに、俺は安堵感に包まれた。 「待てよ、俺も一緒に行って謝ってやる」 「え?」 「一緒に行ってやるって言ってんだよ」  ぶっきらぼうに言い放つ成宮先生の優しさに、胸がギュッと締め付けられる。 「で、謝ったらラーメン食いに行くぞ」 「ラーメン?」 「そう。今日で遠野の研修も終わりだから、打ち上げだ。水瀬も遠野も、ラーメン好きだろう?」 「はい!」  ラーメンくらいで、子供みたいにキラキラと顔を輝かせる俺達が面白かったのだろう。成宮先生がプッと吹き出した。 「仕方ねぇから、餃子もつけてやるよ」 「本当ですか?嬉しいなぁ」 「よし、じゃあ行くか。水瀬、遠野」 「はい」  俺は嬉しくて、成宮先生の後を夢中で追いかけたのだった。 「葵、短い間だったけど色々ありがとね」 「うん、俺こそ。本当にありがとう」  最後に遠野と握手をする。この優しくて頑張り屋の男が、俺は好きだった。 「あのさ……」 「ん?どうした?」  突然顔を真っ赤にしながら遠野が俯く。 「もしかして、葵と成宮先生……付き合ってたりする?」 「え?と、突然なんだよ……!」 「いや、何となく2人の雰囲気が甘いというか、隠していてもラブラブなオーラが醸し出されているような……」 「違う!違う違う違う!べ、別に俺と成宮先生は付き合ってなんかないし!」 「ぷぷっ。嘘だ。だって成宮先生が葵を見る目、めちゃくちゃ優しいし。なんやかんや言って、大事にされてるんだな……って見ててわかるもん」 「え?本当に?俺、大事にされてるかな?」 「あははは!葵って本当にわかりやすいな」  茹で蛸みたいに顔を真っ赤にしながら必死に否定したり、嬉しそうな顔をしたり……そんな俺を見て、遠野は腹を抱えて笑っていた。 ◇◆◇◆  あれから数年……。  俺の白衣のポケットには、いつも苺のキャンディーが忍ばせてある。  未羽が「元気が出る魔法の飴」だって言ってから。  疲れた時や、辛い時にこの飴を舐めれば、元気が出る気がするんだ。やっぱり俺は、単純なのかもしれない。  今未羽は、違う病院で頑張ってるって風の噂で聞いた。きっと、あいつのことだから優しい医者になったことだろう。  点滴や採血の腕も上がり、色んな技術を身につけて、頼れる存在として活躍してるはずだ。 「未羽、頑張れ。俺も頑張るから」  お前がいたから今がある……この飴を舐める度に、俺はそう思うんだ。 【苦いのに甘い飴 END】

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