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意地悪なのに、優しい人②
医療や介護なんかの現場で働いていると、たくさんの出会いがある。その素晴らしい出会いに、俺達は支えられてるような気がした。
「ありがとう」
「本当に助かりました」
「先生のおかげです」
そんな言葉や笑顔を思い出す度に、辛い事や苦しい事も、乗り越えて行ける。
『一期一会』とは良く言ったもので、俺は小さな出会いひとつにも感謝したいと思っていた。
逆に、別れもある。
人は、生まれてきたからには、いつか死んで行く。それは、生命がこの地上に誕生したその瞬間から決められた逃れられない運命なのだ。
そして、病院で働いていれば、嫌でも死に直面しなければならない。
小児科が、医師や看護師にあまり人気がないのは、「子供が死んで行く姿を見たくない」という思いがあるからだろう。
これは、俺が医師になって初めて『別れ』を経験した時のお話だ。
俺が、正式に小児科病棟へ配属されたのは、可愛らしい桜が満開に咲き誇る頃だった。
期待と、そしてそれ以上の不安や恐怖を感じながら、医師としての第一歩を踏み出した瞬間でもある。
「よろしくお願いします!」
小児科病棟の医師が普段待機している医局で、俺は深々と頭を下げる。
そこは、研修医時代に来たことがある見慣れた場所ではあるけど、やっぱり何度来ても緊張する。おまけに、小児科病棟には、俺が研修医時代の指導医だった成宮千歳がいるのだ。
『俺のところに嫁に来い』
あの言葉は一体なんだったのだろうか。
結局は、あの後色んな課をローテーションしていた俺は、成宮先生に会うことは一度もなかった。
ただ、どこの課へ行っても、どの部署に行っても、女子はみんな成宮先生の話題で持ち切りだった。
『小児科』と一言で言っても、新生児から中学生。それから生まれつき障害をお持ちの成人になった方までと、患者さんの年齢層も幅広く、内科から外科や脳外、加えて精神科までの知識が求められる世界だ。
俺は、幼稚園くらいの子供と関わるのが好きなんだけど、そうも言ってられない。
でも、俺は小児科医を希望した。
悔しいけど、俺は成宮先生みたいな小児科の医師になりたかったから。
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