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意地悪なのに、優しい人③

「あ、いらっしゃい。水瀬君だっけ?」 「はい。よろしくお願いします」  俺は、小児科部長の小山先生に頭を下げる。  見た目は清潔とは言えないけど、この世界では有名な方だ。スラッとした長身なのに少しだけ猫背で、いかにも『小児科医』という優しい雰囲気をしている男性である。 「今年は新人は君だけだよ。残念だね」  小山先生が飄々と話を続ける。 「君の指導は、研修医の時から引き続きで成宮先生にお願いしましたから」 「え!?」  俺は思わず目を見開いた。 「成宮先生、よろしくお願いしますね」 「はい、かしこまりました」  そんな俺の思いなど露知らず、小山先生に向かい成宮先生がニッコリ微笑んで見せる。 「では、そんな感じで頑張ってね」  ヒラヒラと手を振りながら、小山先生は行ってしまった。 「こ、小山先生……適当過ぎるでしょう……」  俺の呻き声が静かな室内に響き渡る。  そこには、俺と成宮先生だけが取り残された。  これは、ライオンの檻の中に仔猫が投げ入れられたようなものだ。  ど、どうしよう……!?  恐る恐る成宮先生を盗み見れば、相変わらず本当に整った顔立ちをしている。凄く綺麗なのに、冷たさは感じられない。  スっと切れた瞳が、彼の聡明さを引き立たせていた。  それでいてスーパードクターと持て囃される程の、技術と知識を持ち合わせている……どこまで完璧な人なんだろう、と悔しいけど惚れ惚れしてしまう。 「そんなに見られたら穴が開くんだけど?」 「え?」  成宮先生は読んでいた医学者をパタンと閉じると、スラッと長い足を組み換え、ソファにドカッと寄りかかった。 「俺のこと見過ぎ」 「え、あ、すみません!」  成宮先生に見とれていたのは事実で、俺の頬が一瞬で熱くなる。そんな俺を見て、成宮先生がニヤリと意地悪く笑った。  あの小山先生に見せた笑顔は、一緒にして消え去っている。 「で?俺のとこに嫁に来る決心はついたのか?」 「え?」  やっぱりあれは現実だったんだ……そう思い知らされた瞬間。 『俺は、男性とお付き合いすることはできません』  答えはとっくの昔に決まっているはずなのに、その言葉を口に出すことができない。  この中途半端な状況を終わらせたい気持ちと、指導医となる成宮先生との関係を壊したくは無い……この2つの考えが天秤に掛けられて、ガチャガチャと音をたてながら揺れている。  ずっと前から、答えは出てるのに……。 「申し訳ありません。もう少し時間をください」 「ふーん。好きにしたら」  気怠そうに立ち上がると、前髪を無造作に掻き上げる。 「とりあえず、病棟内のオリエンテーションするからついて来い」 「は、はい」  俺は仏頂面した成宮先生の後を必死に追いかけた。

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