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意地悪なのに、優しい人⑦
成宮先生が手術室に入って、もうすぐ6時間が経過しようとしていた。
成宮先生は「先に帰ってろ」って言ってくれたけど、こんな状況で帰れるはずなんてない。
だって、優太君のご両親は手術室の前で、『手術が成功しますように……』と祈り続けていることだろう。
先生だって長時間の手術だから、きっと疲れきっているはずだ。そんな人達を置いて、自分だけ呑気に帰るなんて……できるはずがない。
俺は、そんな手術室から少し離れたベンチで、ずっと成宮先生が戻って来るのを待っていた。
「先生!!優太は、優太は!?」
手術室の扉が開いた瞬間、優太君の両親が成宮先生に縋りつく。そんな両親を、成宮先生はそっと受け止めた。
「やれるだけのことはやりました。一命は取り留めましたので、今後も治療を続けていきましょう」
その優しい声と表情に、母親が床に泣き崩れる。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
壊れた玩具のようにそう繰り返す両親を見て、俺の胸は熱くなる。
こんなの、映画やドラマだけのお話だと思っていたから。
「はぁ……」
成宮先生が、ずっと被っていた手術用の帽子のせいで、乱れた前髪を搔き上げながら大きなため溜息を付く。そんな姿も、凄く様になった。
「成宮先生」
「ん?」
そっと背後から声を掛ければ、成宮先生が立ち止まって俺を振り返った。
その表情は酷く疲れ切っているのに、とても穏やかだった。
「お疲れ様でした」
「あ、うん。お前、まだいたの?」
「はい。成宮先生が心配だったので……」
「お前が心配する側なんだな?」
成宮先生が眉を顰めた後、ククッと喉の奥で笑う。
「なぁ、遅くなったついでに、ちょっと付き合えよ」
「え?何にですか?」
「オリエンテーションの続きだよ。まだ案内してない場所があるんだ」
悪戯っぽく笑った成宮先生に手招きをされたから、俺は慌てて後を追いかける。
こんな時間にどこへ行くのかなんて全然想像がつかなかったけど、ドキドキして仕方ない。
そんな俺は、また、あの甘い不整脈と息苦しさを感じていた。
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