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意地悪なのに、優しい人⑧
エレベーターに乗って着いたのは、屋上だった。
「普段はさ、ここは入れないんだけど、俺がここの管理責任者になってるんだ」
そう言いながら、先生は屋上の扉の鍵を開ける。
その瞬間、少しだけ夏の香りを含んだ夜風が、火照った体を冷やしていった。
「んー!気持ちいい!」
成宮先生は、大きな伸びをしながら屋上からの景色を眺めている。
「水瀬、見てみろよ?綺麗だぜ?」
「あ、はい」
慌てて先生の隣へ行って、屋上からの景色を見た俺は、思わず目を見開いた。
「すげぇ……」
「なぁ?」
なぜなら、俺の目の前には、遥か彼方まで続いている夜景が広がっていたのだから。
キラキラと輝くビルの照明は、まるでダイヤモンドのようだし、屋上から見える車のライトは蛍の灯みたいだ。車が、まるでミニカーのように見えた。
空には、満天の星が一面に広がり、三日月がニコッリ笑いながら浮かんでいる。
この世界が、自分だけの物になったようにさえ感じられた。
「綺麗だろ?」
「はい。凄く綺麗です」
「俺さ、疲れた時によく一人でここに来るんだ。ここに来ると、めちゃくちゃ落ち着く」
気持ちよさそうに、夜風に目を細める成宮先生を見ていると、トクントクン……と、また甘い不整脈が再発してしまう。今度は呼吸も苦しいし、胸が締め付けられるように痛い。
俺は、何かの病気に罹ってしまったのだろうか。
成宮先生から目を離したいのに、ずっと見ていたい。
だって、貴方はかっこよすぎるから。
俺は、貴方みたいな医師になりたい。
「だーかーらー、そんなに見られると穴が開くっつーの」
「あ、すみません!!」
「ふふっ。変な奴だなぁ」
トクントクン……。
なんでだろう。
成宮先生……俺、貴方をずっと見ていたい。
「先生……今日の先生、凄くかっこよかったです」
「ふーん。で?」
「で?って言われても……」
「なら、ご褒美でもくれんの?」
成宮先生が、俺の顔を覗き込んでくる。
あまりのイケメンのドアップに、俺の頬が火照っていくのを感じた。
そして、どんどん胸の鼓動は速くなり、バクンバクンと痛いくらい高鳴り始める。
「ご、ごめんなさい。俺、飲み物くらい買っておけば良かったですね」
「別にいいよ」
「本当にすみません」
「違うご褒美貰うから」
「え?」
次の瞬間、俺の頬に成宮先生の細くて長い指が触れてから、そっと額にかかる髪を搔き上げられる。
「……先生……?」
そう問い掛けようとしたけれど、それはできなかった。
チュッ。
俺の唇は、成宮先生の柔らかい唇で塞がれてしまったから。
「はぁ……」
甘い吐息を吐けば、もう一度優しく頬を撫でられる。
「もう1回、してもいい?」
そのあまりにも優しい瞳に、俺は吸い込まれそうになった。
駄目だ……逃げられない。
俺は静かに頷いてから、そっと目を閉じる。
どうしてかわからないけど、俺は生まれて初めての同性とのキスを、躊躇いもなく受け入れてしまった。
チュッ、チュッ。
夢中でキスを交わすリップ音が、都会の喧騒に搔き消されていった。
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