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意地悪なのに、優しい人⑨

「おはようございます、成宮先生」 「あー」  翌日、俺はドキドキしながら出勤をした。  昨日、あんなに情熱的な俺達にとったら初めてのキスを交わした後、顔を合わせる訳だから。もしかしたら何かか始まるかもしれない……俺の胸は否応なしにも高鳴った。  もしかしたら、当直室にでも連れ去らされて、またキスをされるかもしれない。  『好きだ』って熱っぽく囁かれて、そのままベッドに押し倒されて……そんな事を想像して、俺は眠れない夜を過ごした。  それなのに、まるで俺の事なんて興味がないかのような素振りに、全身の力が抜けて行くのを感じる。 「あー、ってそれだけ?」  もっと顔を赤らめるとか、視線を不自然に逸らすとか……可愛らしい反応が、この人にはできないのだろうか。 「何、間抜け面してんの?朝のミーティング行くぞ」  呆れたような表情すら浮かべながら、成宮先生は俺を置いてさっさとナースステーションへと向かっていく。 「ちょ、ちょっと先生!」  俺はそんな成宮先生を必死に追いかけた。  その後も、成宮先生のいつもと変わらない塩対応に、俺は戸惑いを隠せない。  もしかしたら、あの宝石みたいな夜景を目の前に交わした熱い口付けは、夢だったのではないだろうか。そう思えてしまう自分もいた。  だって、成宮先生の視界には、俺は入っていないんじゃないか、とすら感じるのだから。 「そっか……あれは夢だったんだ」  午後になって、俺が出した結論はこれだった。

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