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意地悪なのに、優しい人⑲

 その日は突然訪れる。  ううん。来るべき日が、来たのかもしれない。  出勤と同時にPHSが鳴り、俺と成宮先生は急いで病棟に向かった。その時には、すでに沙羅ちゃんの体に付けられている機械のアラームが鳴り響き、忙しなく看護師が走り回り、その場は騒然としていた。 「先生、沙羅ちゃんが……」  今にも泣きそうな看護師さんが、俺に縋るような視線を向けてくる。  俺の手に、小さな命がのしかかった瞬間だった。 「どうしたら……」  体がカタカタ震えて、体温が一気に引いて行くのを感じる。  今まで習ってきた授業や、頭に叩き込んできた教科書が、全然役に立たないことを思い知った。頭が真っ白になり、思わず叫び出したい衝動を必死に抑える。 「大丈夫だ。俺がついてる」 「先生……」 「とりあえず、ハムスターみたいにプルプル震えてないで、せめてハッタリでもいいからチワワ位の威勢を見せてみろよ?」 「は、はい」  先生の優しい笑顔に、俺は救われたのだった。 「とりあえず、どうすんだ?」 「あ、はい。まず心拍数が落ちてるので強心剤を点滴に入れて、低体温になってるから保温して……輸血をします」 「OK。上出来だ」  俺は大きく深呼吸をして、邪魔な白衣を脱ぎ去った。  やれるだけのことはやったけど、沙羅ちゃんの容体は変わらなかった。  朝、沙羅ちゃんのご両親に連絡を入れたら、すぐに面会に来てくれた。ずっと沙羅ちゃんのベットの近くで、優しく話しかけたり、体を擦ってやっている。それでも、沙羅ちゃんが反応することなんてなかった。  その光景を見ているだけで、俺の目頭が熱くなる。 「なんとかしてあげたい」  という医師としての思いに、 「可哀そう」  と思う同情の心。その2つの感情が、俺の中でグラグラと揺れて、まるでナイフのように心をズタズタに切り裂いていった。

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