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意地悪なのに、優しい人㉑
「グスッ、ヒックヒック……」
俺は、前に成宮先生に教えてもらった屋上で一人泣いていた。
目の間には、宝石みたいな東京中の夜景が広がっているのに、今晩はそれを綺麗と思う事さえできない。次から次へと溢れ出す涙を、止める方法を俺はまだ知らなかった。
俺と成宮先生が、沙羅ちゃんの病室に到着した時には、沙羅ちゃんの心臓が止まる寸前だった。
かろうじて動き続ける心臓が、モニターに波形を刻む。その心臓が止まるのも、時間の問題のように感じられた。
「覚悟をしてください」
病室に静かに響き渡る成宮先生の声に、ご両親が小さな体に縋りつく。
俺は、涙が出そうなのを必死に堪えた。
はっきり言って、これ以上俺達には、沙羅ちゃんにしてあげられることなんてない。だからせめて、最後の瞬間まで、一緒にいてあげたいと思う。
自分の子供じゃないのに、いつの間にか自分の子供のように可愛く感じていた。そんな不思議な存在。
沙羅ちゃんは、話すことも、笑うこともできなかったけど、俺の心の中にいる沙羅ちゃんはいつも優しく笑っている。俺に、医師としてたくさんの大切なことをくれた。
心から「ありがとう」って思う。
桜が咲き乱れる日に初めて出会った沙羅ちゃんは、新緑が輝く満月の夜に、天使になった。
息を引き取った沙羅ちゃんは、可愛らしいピンク色の洋服を着てお家に帰って行った。最後の最後まで、「ありがとうございました」
と、頭を下げ続けるご両親に、俺は何も言ってあげることさえできなかった。
つい先程まで沙羅ちゃんがいた部屋を覗けば、ベッドすらないもぬけの殻で……あんなにけたたましく鳴り響いていたアラーム音さえ聞こえてこない。静か過ぎるその空間は、とても広く感じられた。
「沙羅ちゃんが、いない……」
俺の心はギュッと締め付けられる。
溢れてきた涙を隠すかに様に、俺はエレベーターへと飛び乗った。
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