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ごめんね、大好き⑲

「なんで葵さんは、こんなに鈍感なんですか?」 「んー?」 「良く今まで他の男に襲われずに生きてこられましたね」 「へ?なんだよ、それ」  ポヤーッとした俺の耳元で、突然智彰の甘い声が響いた。 「んんッ。シャンプーのいい匂い。めっちゃムラムラする」 「や、ヤダ。くすぐったいよ」  智彰は乾いた俺の髪に顔を埋めて、クンクンと匂いを嗅いでいる。それがくすぐったくて、俺は思わず声を出して笑ってしまった。 「俺のが、兄貴より葵さんを先に好きになったのに……」 「ん?どうした?」  俺の首筋に顔を埋めたまま、子供みたいに鼻を鳴らしている智彰の方を振り返る。そこには、耳をタランと下げて、しょげている大型犬がいた。 「智彰?」  俺は手を伸ばして、そんな智彰の髪を優しく撫でてやる。しっかりしているように見えても、智彰はやっぱり年下だ。つい、子供扱いをしてやりたくなるのだ。 「葵さん……」  智彰は甘えた声を出しながら、俺の腰に腕を回してギュッと抱き付いてくる。 「可愛い、智彰」  そんな智彰の事を、俺は素直にそう思った。 「千歳さんも、このくらい素直ならいいのに……」  俺は自分のお腹の前でギュッと組まれた智彰の手に、そっと自分の手を重ねた。  昔は、この異常過ぎる智彰の距離の近さに、いちいちドキドキしていたけど。一緒に暮らすようになってからは、俺の感覚もどうやらバグってしまったようで……この過剰とも言えるスキンシップにも、慣れてきてしまった。 「俺は、兄貴が羨ましい。俺だって葵さんを抱きたい」 「ん?」 「なんでそんなに鈍感なんですか……普通、付き合ってないのにこの距離感っておかしいでしょ?」  俺、自分の背中で何かをブツブツ言い続けている智彰の方を、不思議そうな顔で振り返る。今日の智彰は、明らかに何かがおかしくて……俺は少しだけ不安になった。  言いたいことがあるなら、はっきり言ってくれていいのに……。

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