91 / 184

ごめんね、大好き㉔

「最後にさ……ずっと泊めてあげてたお礼を貰ってもいい?」 「あ、そうだよね。ごめんね、気が利かなくて……」 「ううん、大丈夫」  次の瞬間、智彰の顔が近付いてきたと思ったら、首筋にフワリと柔らかい感触を感じる。 「痛ッ!」  そのままジュッと強く吸われた。 「ありがとう。これで十分だから」  智彰がいつもみたいに、悪戯っぽい笑顔を浮かべた。  結局最後の日まで、一組の布団に毎日くっついて寝ていた。小さな布団なのに、2人で寝ると本当に温かかった。  ついさっきまで、あんなエロいことをしていまっていたから、ベッドでも何かされるのではないか……と俺は一人でドキドキしていたのに、智彰が俺に手を出してくることはなかった。ホッとした俺は、いつの間にか眠ってしまったようだ。  智彰の話声が、夢現(ゆめうつつ)の中聞こえてくる。 「楽しかった」  寝ている俺の頬をそっと撫でてくれる。 「可愛い……俺だけのものになったら、どんなに良かったろうな」  そう囁いてから、また寂しそうに笑った。  暗闇に、智彰のスマホのライトが青白く光る。  智彰が躊躇いながらも電話をかければ、数回の呼び出し音の後に聞き慣れた声が聞こえてくる。電話越しの声は、酷く焦った声をしていた。 「もしもし、兄貴?あぁ、うん、うん」  その通話相手のあまりの慌てぶりに、智彰が苦笑いを浮かべている。 「あんたも、恋人のことになると、必死になるんだな」 俺は、ほんの数日間だったけど、智彰に大切にしてもらった。  成宮先生が、ガタガタの整備されていない山道だとしたら、智彰は高速道路のような性格だ。  高速道を走っていれば快適だし、目的の場所に簡単に到着することだろう。それでも、俺は険しい山道を登りながらでも成宮先生と一緒にいたいと思った。  その山道には、蛇が出るかもしれないし、熊が襲ってくるかもしれない。それでも俺は、成宮先生がいいんだ。本当に、あまりの自分の馬鹿さ加減に呆れてしまう。  それでも、成宮先生の元に戻ることを怖がる自分もいる。だって、どう仲直りしたらいいのかが、わからないから。あの、神おも恐れぬ『成宮千歳』が勝手に自分の元を去って行った俺を、そう簡単に許してくれるのだろうか。  もう、このまま本当に終わってしまうのではないだろうか。  そう思えば、俺はあの家に帰ることが凄く怖かった。 三日月が、寂しそうに空に浮かんでいる。 「今夜は眠れそうにないなぁ」  智彰の溜息が、静かな夜の世界に吸い込まれていった。  

ともだちにシェアしよう!