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ごめんね、大好き㉖
カチャリ。
久し振りに成宮先生の家の玄関のドアを開ければ、室内は静かまり返っていて、冷たい風が廊下に流れ込んでくる。
いつも俺が帰宅した時には、室内は既に温かくて、美味しそうな夕飯の匂いにフワッと包まれるのだ。
そんな温もりと優しさに、俺は心の底からホッとしてしまう。
でも……今日は、それがなかった。あんなに長い時間を過ごしたこの家が、なんだか他人の家のように感じる。
ソローッとリビングに向かえば、綺麗好きな成宮先生の家とは思えなない位に散らかっていた。
脱いだ洋服は洗濯されることもなく、床に投げ捨てられていて……シンクの中には、汚れたままの食器が置いてある。コンビニ弁当や、カップラーメンのゴミがキッチンに山積みになっていた。
「あの人……俺がいないとこんな風になっちゃうんだ……」
俺はその光景に胸が痛む。
一人ポツンと、ソファーに佇む成宮先生が目に浮かぶようだった。
「すげぇ荒れた部屋だね」
「うん。そうだね」
「兄貴の部屋とは思えない……」
わざわざ俺を成宮先生のマンションまで送ってくれた智彰が、大きな溜息をつく。
「今、『葵さんを、兄貴ん家に送ってった』ってLINEしといたから」
「あ、うん。ありがとう」
「速攻で既読になったから、飛んで帰ってくるよ」
智彰がククッと笑っている。
「そうなら嬉しいな……」
そう寂しそうに呟いた俺を、智彰が心配そうな顔で覗き込んでくる。
「もし、また兄貴と上手く行かなくなったら、いつでも俺の所に来いよ?」
「え?」
「俺、いつでも葵さんのこと待ってるから」
「ありがとう、智彰」
そうやって、最後まで俺を心配してくれた智彰を見送ってから、俺は部屋の中を見渡す。
何日か家を空けただけだったのに、まるで知らない家に来たような、居心地の悪さを感じた。
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