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溢れ出した思い③
「しかも、産婦人科と関わる仕事のミスばっかじゃん?藤堂先生がそんなに苦手なの?」
「はい……もう一生会いたくないです」
「へぇ?そんなになんだ。あんな狸じじぃ、無視すりゃいいじゃん?」
「そんな事、できません」
俺はギュッと膝の上で拳を握り締める。
だって、俺は成宮先生みたいに強くもないし、仕事もできるわけじゃない。
「まぁ、これで元気出せよ」
「え?あ、あ、あむぅ……」
俺は、突然テーブルに手をついて体を乗り出してきた成宮先生に唇を奪われてしまう。
そのまま、チュッチュッと啄むようなキスを交わせば、それだけで「はぁ、はぁ……」と息が上がる。
チュクチュクと舌を絡め合う深いキスへと変わっていき、最後に、お互いの舌先をチロチロッと擦り合わせて……名残惜しそうに唇を離した。
「最近、ろくにキスもしてなかったから」
「はぁはぁ……」
俺はボーッとする頭で、成宮先生を見上げた。
「藤堂先生には俺からも謝っておくから、気にするな。わかったな?」
「は、はい……」
「よし。じゃあ、午後診行くぞ」
そんな成宮先生の笑顔に、俺は救われた。
「やっぱり俺の彼氏はかっこいい」
俺はポツリと呟いた。
「大変申し訳ありませんでした」
「水瀬、またお前か?」
「はい。すみません」
俺は再び、藤堂先生に向かい深々と頭を下げる。まさに今の俺は、蛇に睨まれた蛙だ。
今日、産婦人科の回診に同行し、俺は新生児の診察を担当していた。
新生児の治療に小児科医は携わっていかなくてはならないので、どうしても小児科と産婦人科の連携は必須になってくる。
その回診に藤堂先生がいたものだから、俺は軽くパニックになっていて……病室のベッドサイドに置かれていた、マグカップを落として割ってしまったのだった。
あろうことに、藤堂先生の目の前で……。
「あのマグカップは、結婚式の記念に作った大切な物だったらしいぞ」
「はい。申し訳ありません」
「謝るなら、あの赤ちゃんのお母さんに謝ってください」
藤堂先生が吐き捨てように言い放つ。そのあまりにも冷たい口調に、俺は目頭が熱くなった。
「はい。今から謝罪に行ってきます」
「まぁ、許してなんかもらえないと思うぞ?かなりお怒りだったから」
「わかりました。行ってきます……」
涙が込み上げてきたから、慌てて藤堂先生の前から立ち去ろうとした瞬間、温かな何かに抱きとめられる。
「え?」
びっくりして顔を上げれば、それは成宮先生だった。
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