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溢れ出した思い④
「藤堂先生、うちの水瀬が大変申し訳ありませんでした」
「あ、これはこれは成宮先生」
成宮先生は穏やかな口調で、藤堂先生に向かって丁寧に頭を下げた。
「これから、僕も一緒に水瀬が割ってしまったコップの持ち主の方に、謝罪して参ります」
「そんな!いや、ちょっと水瀬君に指導をしていただけですから」
「それはそれは。産婦人科部長の藤堂先生にご指導をいただけるなんて、大変恐縮です」
成宮先生が営業用の笑顔を藤堂先生に向ければ、産婦人科部長さえも慌てふためき出す。
一体、この成宮千歳という男は、どこまで凄い男なのだろうか。
「ただ……水瀬は真面目で繊細なので、あまり熱心なご指導になりますと逆に萎縮してしまいます」
「そ、それは申し訳ありませんでした。これからは気をつけますから」
「いえいえ、とんでもありません。今度水瀬が何かしでかしましたら、私に仰っていただけましたら幸いです。では」
成宮先生が、最後に極上の笑みを残し産婦人科の病棟に向かって歩き出す。藤堂先生の周囲に、仄かに香るミントの香りを残して。
その後、マグカップの持ち主の方に成宮先生と謝罪に行った。
赤ちゃんのお母さんは、突然現れた白衣を纏った王子様の登場に、頬を赤らめながらも快く許してくださったのだった。
恐るべし、成宮千歳……。
それでも、一生懸命庇ってくれるその姿に、俺は惚れ直してしまった。
「ありがとうございました」
「あん?」
「千歳さん。ありがとうございます」
相変わらず俺の事なんて眼中に無いかのように、どんどん先を歩いて行く成宮先生の白衣を、俺は必死に掴んだ。
「あんまり迷惑かけんじゃねぇぞ」
ぶっきらぼうな口調とは正反対に、成宮先生は俺の頭を優しく撫でてくれた。
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