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腐れ縁でも愛しい人⑤
数十分後、成宮先生は俺が大好きな高級弁当を買って帰ってきた。
しかし案の定、俺には美味しいはずの高級弁当の味なんかするはずもない。
その弁当は俺の大好物で、気を利かせてご飯は大盛にしてくれている。しかも、アイスまでデザートに用意されていた。
でも、この後の事を考えるだけで、俺の食道が食べ物を拒絶してしまうのだ。
「もう、千歳さん……」
「ん?」
成宮先生が、おかずのカキフライを頬張りながら俺の方を見る。
その通常運転ぶりが、俺は少しだけ悔しかった。
そう。いつもこうやってドキドキしているのも、緊張しているのも……俺だけ。悔しいけど、俺はそれだけ、この人の事が好きなんだ。
「もう、食事が喉を通らないから……」
「から?」
成宮先生が箸を動かす手を止めて、ニヤリと笑う。
(結局、俺はこの人には勝てない……)
俺は悔しくて仕方ないけど、少しずつ火照り出す体は、もう成宮先生を求めてしまっていることもわかっていた。
「もう抱いて……?」
大きな瞳を潤ませて上目遣いで見つめれば、成宮先生が意地悪く笑う。
(あぁ、好きだ。その笑顔……)
俺の中の『抱かれる』というスイッチを容易に入れてくれる、不敵な笑み。
この、獣みたいな視線に射抜かれれば、ゾクゾクっと甘い甘い電流が全身を走り抜けて行くのだ。
「葵、したくなっちゃった?」
俺は、その自信に満ち溢れた顔を、ずっと見ていたかった。
今の俺に出来る事は、目の前にいる恋人を、このいやらしい体と、それとは正反対の幼い顔で誘惑することだけ。
「うん、したい。お願い……焦らさないで」
「ふふっ。めちゃくちゃ可愛い」
チュッと優しく口付けされれば、つい先程までの先生へのイライラなど、全てが帳消しなって行ってしまう。そんな気がした。
それでも俺は、最後の最後まで可愛らしい、囁かな反抗をしてみたいと思うのだ。例えそれが、全くの無意味だとしても……。
俺の体を床にそっと横たえて、頬に、唇に首筋に……優しいキスのシャワーを降らせてくれる。そんな成宮先生の頬を両手で包み込んで、自分の方を向かせた。
キスだけで乱れる呼吸を整えながら、俺は優しく成宮先生に問い掛ける。
「なんで、今日そんなに機嫌が悪かったの?」
「え?」
「千歳さん、今日機嫌が悪かったですよね?」
「…………」
「千歳さん……?」
俺が成宮の顔を覗き込めば、傷付いたような顔をしている。俺は咄嗟に、成宮先生の唇に優しくキスをした。まるで、駄々っ子をあやすかのように……。
「違う。機嫌が悪かったんじゃない」
「じゃあ何だったんですか?」
「葵に、上手に甘えられなかった」
「え?」
予想外の言葉に、俺は真ん丸な瞳を更に見開いた。
「凄く疲れてた。でも、やらなきゃいけないことは山積みで……だから葵に甘えたかったのに、上手に甘えられなくて……でも甘やかして欲しくて……」
「成宮先生……」
「ごめんな」
今にも泣き出しそうな顔で俺を見つめる成宮先生を見れば、俺の心はキュンッと甘く締め付けられた。
なんて、不器用で、愛しい存在なのだろうか。
「いいですよ、いっぱい甘えてください」
「でも……まずは、この体で癒して?」
「はい。千歳さんの好きにして……多分、今日めちゃくちゃ感じちゃうと思うから……」
「フフッ。マジか」
「だから、早く……早く……あぅッ、ん、千歳さん。好き、好き」
「俺も大好き」
その時、俺は思った。
もう付き合いの長い成宮先生とは、ある意味、本当に腐れ縁だ。
それでも……。
「愛してんだよなぁ」
優しく自分を抱く成宮先生を感じながら、俺はポツリと呟いた。
【腐れ縁でも愛しい人 END】
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