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野良猫みたいな恋④
「ちょ、ちょっと成宮先生……痛い……」
あまりにも強く腕を引かれたものだから、俺は顔を顰めた。
「そろそろ午後の回診だ。いつまでほっつき歩いてんだよ」
「わ、わかってますから手を離してください」
「お前トロイからさ。迷子にでもなったのかと思った」
「酷い……職場で迷子になるわけないじゃないですか?」
引き摺られるように廊下を早足で歩けば、後ろから橘先生の声が聞こえてくる。それに成宮先生が反応した。
でもその顔は、久しぶりに再会した同期に向けられるような優しいものではなく、酷く険しいものだった。
「成宮、会わないうちにお前、猫飼ったのか?」
「あぁ?」
「可愛い猫じゃん。ちょっとポヤポヤしてるけど」
「お前、絶対手を出すなよ」
「はいはい、わかりました」
話してる内容は全然わからなかったけど、イケメン同士のやり取りを、俺は神々しい思いで見つめた。
成宮先生は仏頂面で俺の腕を掴みながら、ズンズン歩き続ける。でも、リーチの長さが違い過ぎるから俺は走っているようなものだ。
何を怒っているのかはわからないけど、明らかに不機嫌な成宮先生に俺は困惑してしまう。
「成宮先生……」
「………………」
「成宮先生!……もう、千歳さん!」
「あ、ん?なんだ?」
驚いた顔で俺を振り返る成宮先生に、俺はギュッとしがみついた。
「あんまり速く歩かれるとついてけないです」
「悪い……」
息を整えながら成宮先生を見上げれば、バツの悪そうな顔をしている。成宮先生が何を考えているのかが分からず、俺は首を傾げた。
気まずいのか、前髪をクシャクシャッと掻き毟っている。
「あのさ、葵。俺はなにがあってもお前のことが好きだからな」
「急に、どうしたんですか……」
突然、チュッと重ね合わされた唇にオレが目を見開けば、成宮先生はいつもみたいに俺を残して、どんどん病棟へと行ってしまう。
理解できずに呆然と立ち尽くしていれば、成宮先生が「おいでおいで」をしてくれる。
「回診行くぞ」
「あ、はい」
俺は慌てて成宮先生を追いかけた。
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