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野良猫みたいな恋⑨
「ほら、葵」
「え?」
成宮先生が不貞腐れた声をだしながら、俺に向かって両手を広げた。
もしかして、成宮先生の胸に飛び込んで来いってことかよ……?
ちょっと恥ずかしくなったけど、誰も傍にいなかったから素直に成宮先生に体を寄せて、その胸に顔を埋めた。
「あんまりフラフラすんなよ。心配になるだろうが」
そんな俺をギュッと抱きしめてくれて、耳元で優しく囁く。くすぐったくて仕方ない。
自分は、この人に愛されているのかなって思う。
でも、俺がここに来るまでずっと橘先生と2人きりだったんだって思うと面白くない。
じゃあ、「少しだけでも2人きりでいたい」って素直に伝えればいいんだ。そしたら成宮先生は、きっと俺と2人きりの時間を作ってくれる。なのに、それを言い出せない天邪鬼の自分がいた。
俺のこのモヤモヤした思いに気付いて、成宮先生の方から俺を引き寄せて欲しい。
俺だって、たまには甘やかされたい。
「何時頃、橘先生は出勤されたんですか?」
そっと問えば、
「ん?橘?よく覚えてないけど、7時くらいじゃん?」
あっけらかんと答える。やっぱり、俺のくだらない心の葛藤なんて成宮先生は気付いてもいない。
「そうですか……」
「なんで急に橘が出てくるんだよ?」
「別に……なんでもありません」
俺は明らかに面白くなかったけど、何でもないフリをした。しなきゃいけないんだって、いつもの癖で思ってしまった。
「髪の濡れた葵を見たらムラムラしてきた」
成宮先生が、俺を試すような、からかうような顔で髪に顔を埋めてくる。
「なぁ、どっか人がいねぇとこでイチャイチャするか?」
悪戯っぽく笑う成宮先生を見ると、何だか切なくて仕方なかった。
「そうですね。俺もムラムラしてきました……」
「え?」
俺の意外な返答に成宮先生が目を見開いた。自分から誘ったんだから、そんなに驚くことないだろうに……。可笑しくなってしまう。
「俺も……イチャイチャしたい……」
いつもより甘い声を出して成宮先生の首に絡みつけば、
「じゃあ、中材(中央材料室)でも行くか?」
「うん」
優しく微笑む成宮先生にそっと背中を押され、廊下まで歩いて行ったところで橘先生に声をかけられた。
「水瀬君、おはよう」
橘先生は何も考えず、純粋に俺に声をかけてきたんだろうけど……俺は面白くなかった。
たった数時間でも、成宮先生を独占していた橘先生に勝手に嫉妬してしまった。
「やっぱ嫌です」
俺は、成宮先生の手を振り払い俯いた。
「葵?どうした?」
心配そうに顔を覗き込む成宮先生を無視して背を向けた。
あなたなんか、もっと困ればいい。もっと俺で困って傷つけばいい。
独りよがりの嫉妬に、あまりにも身勝手な立ち振る舞い。
なんて愚かなんだろうって思うけど、素直になれない自分がいた。
ワガママを言ったらいけない、困らせたらいけない。そんな感情が制御不能となって成宮先生を困らせている。わかっているのに、俺はただ成宮先生から歩み寄って欲しかった。
こんなワガママな俺を全部受け入れて欲しかった。
ごめんなんさい、って心の中で思う。
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