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野良猫みたいな恋⑩
「どうした?喧嘩か?」
「いや、何でもない」
橘先生がそっと近づいてきて成宮先生の肩を掴んだ。
優しい橘先生は、きっと純粋に俺達のことを心配してくれてるんだろう。
ねぇ……橘先生は、成宮先生のことが好きなんですか?
心に引っ掛かって離れない疑問。
橘先生にも聞いてみたいけど、怖くて聞けない。
『好きだ』って言われたら俺に勝ち目なんてないから。
「喧嘩なんかしてないから」
成宮先生がいつも通り橘先生に笑いかけた。自分以外の人間に向けられた笑顔に、苛立ちを隠しきれない。
俺の喉もゴロゴロ鳴ったらいいのになぁ……。
あれ以来、梅雨空のように心が晴れない俺は、成宮先生に迷惑をかけないよう距離をとるようにしていた。一緒にいると、つい子供のように駄々をこねたくなるし、困らせてやりたい衝動に駆られるから。
きっといつか、
「橘先生に嫉妬せずに、今までみたいに成宮先生と仲良くできるよ」
って自分に言い聞かせて。
◇◆◇◆
「マジであいつウケるよなぁ……」
久しぶりに成宮先生が俺の隣で笑ってる。本当に他愛のない話なのに本当に楽しそうで。何がそんなに楽しいんだろう?って疑問に思う。
俺は採血データを眺めていた手を止めて、そんな成宮先生の話に耳を傾けた。子供みたいに笑う姿に、やっぱり胸が締め付けられる。
「なぁ橘、聞いてんのか?」
「………………」
一瞬、俺の中の時が止まった。
「あっ、ごめん葵だった」
成宮先生は悪びれる様子もなく俺に謝る。本当に俺の気持ちなんてわかってないんだな……って改めて感じた瞬間だった。
「なぁ葵……なんかあったのか?最近お前おかしいぞ?」
完全に動きがフリーズしている俺の頬に、そっと手を当てる。
本当に心配してくれている表情。
きっと成宮先生は、本当に無意識に、悪気もなく俺と橘先生を呼び間違えたのかしれない。
けど、恋人と友達の名前を間違ることなんてあるのか?
そうも思うけど、それだけ2人でいる時間が長いのだろう。
俺との時間より、橘先生との時間の方が濃厚で印象に残ってるのかもしれない。
悔しいなって思う。
もっと自分のことだけを一生懸命見てて欲しいって、満たされない俺が子猫みたいに鳴いている。
俺は人懐こい猫のように喉をゴロゴロ鳴らすことなんてできない。
でも本当は撫でて欲しくて、草むらでこっそり人間の様子を窺ってる。まるで野良猫のように……。
だから、あなたから近づいてきて草むらから引っ張り出してよ。
あたなに、頭を撫でて欲しいんです。
大きくて温かな手でこの体に触れて、柔らかくて甘い唇でキスして欲しい。
「可愛いな」
って囁いて欲しい。
成宮先生の全てが欲しい。欲しくて堪らない。
「ねぇ、キスして」
成宮先生だけに聞こえるように囁いた。
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