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野良猫みたいな恋⑫
「水瀬くん。あれは良くないよ」
「え?」
「誰かに見つかったらどうすんの?」
今日は早く帰ろうと医局で帰り支度をしていた俺に、橘先生が声をかけてくる。
まるでタレントのように整った顔立ちをした橘先生に見つめられれば、その瞳に吸い込まれそうになる。成宮先生とはまた違った綺麗さに、ドキドキせずにはいられなかった。
何とも言えない色香にクラクラと目眩がする。
それと同時に、自分の野暮ったさが悲しくなった。
「処置室 でキスして、誰かに見つかったらどうするんだ?」
「え?」
その瞬間、バクンと心臓が大きく跳ねる。
見られてた……全身から血の気が引いて、体がカタカタと震え出した。手先が氷のように冷たくなる。
俺は、男のくせに泣きたくなった。
「ちょうど目撃したのが俺で良かったけど、看護師とかだったらどうするの?君も成宮も終わりだぞ」
「………………」
「それとも、君は当直明けの恋人に拗ねた芝居をして、キスをねだるような淫乱な男なわけ?」
綺麗な二重の大きな瞳に睨まれれば、まるで金縛りにあったかのように体が動かなくなった。
「これからは、TPOを考えて行動しなよ?成宮を困らせることだけは、絶対にしないで欲しい」
俺が何も言い返せず黙って俯いていれば、そっと橘先生が近付いてきて俺の顎に指をかける。
「なっ……!?」
そのままクイッと顔を上げられれば、橘先生と至近距離で視線が絡み合った。
「いい事教えてあげる」
ふふっと悪戯っ子みたいに笑いながら、橘先生が俺の耳元で囁く。その甘い声にゾクゾクッと背中を甘い電流が流れた。
「エロいことするなら、この病棟の1番端にあるリネン庫がいいよ?」
「え……?」
「あそこは誰も来ないから」
橘先生が俺の顔を覗き込みながら楽しそうに笑う。
「あそこで俺と成宮も、よくイチャイチャしてたんだ……」
「………………!?」
「見つかるかも知れないっていうスリルで、あいつめちゃくちゃ興奮するから。是非試してみてね」
泣きそうな顔をしながら橘先生を見上げれば、つい先程の表情と違い怖いくらい真剣な顔をしていた。
知りたくなかった、こんな話……。
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