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野良猫みたいな恋⑮

「水瀬先生、恋をしてるの?」 「え?」 「だって、年頃の男の子が溜息ばかりついているときは恋をしてる時だって、ママが言ってたもん」 「あはは、はぁ……。凄いね、星羅(せいら)ちゃん。色んなこと知ってるんだね」 「まぁね。星羅にも彼氏がいるから何でも聞いて?」 「え、あ、ありがとう」  今俺がご指導いただいているのは、小学2年生の武内星羅(たけうちせいら)ちゃんだ。  星羅ちゃんはてんかん発作が度々起きてしまうため、検査目的で入院している。 俺の受け持ち患者なんだけど、まぁませている。今時の子はこんなにも進んでいるのか……と毎回驚かされていた。 「星羅ちゃんは小学校に彼氏がいるんでしょ?」 「いるわよ。でも、健太(けんた)君にこの前告白したらOKしてもらえたから、健太君とも付き合ってるわよ」 「健太君って606号室の健太君?」 「えぇ、そうよ」  涼しそうな顔でサラリと言ってのける星羅ちゃんを、呆然と見つめる。開いた口が塞がらないというのは、こういうことを言うのだろう。 「ねぇ星羅ちゃん。2人とお付き合いするなんて良くないよ?小学校にいる彼氏か健太君、どちらか1人と付き合うべきだと先生は思うな」 「はぁ?先生何言ってんの?小学校にいる彼氏が本命で、健太君はキスしたりデートをするだけの関係よ!」 「キ、キス!?」  うっかり採血していた注射器を落としそうになってしまった。キス……小学生が、キス……。  目をパチパチしていると、今度は星羅ちゃんが目を見開きながら俺の顔を覗き込んでくる。 「もしかして……水瀬先生、キスしたことないの?」 「え、え、あ、えっと……」 「そう、ないのね……」  気の毒……と言いたそうに星羅ちゃんが眉を顰めた。 「先生も、好きな人がいるならちゃんと好きって言わなきゃ駄目よ?」 「あ、はい」 「黙ってても、相手には伝わらないんだから。わかった?」 「はい。すみません」 「わかったならいいわ。採血終わり?」 「は、はい。ありがとうございました」  もうどちらが年上かなんてわかりゃしない。  俺は、小学2年生の女の子に恋愛のご指導を受けてしまった。  溜息をつきながら星羅ちゃんの病室から廊下に出れば、橘先生がクスクス笑っている。今までの俺と星羅ちゃんの遣り取りを聞いていたのもしれない。 「小学生に恋のレクチャーを受けるなんて、水瀬君って本当に可愛いな」 「……………」  あまりにも恥ずかしくなってしまい、俺は耳まで顔を真っ赤にしながら俯いた。 「成宮も、君みたいな子がいいなんて……本当に趣味が変わったよね」 「……え?」  多分、俺は今泣きそうな顔をしているはずだ。 『橘先生は、昔成宮先生とどんな関係だったんですか?』  ずっとずっと聞きたいと思っていたのに、その思いは言葉にはなってはくれない。  凄く知りたいのに……。  でも、知ってどうするんだろう。2人の過去を知って、傷ついて……。それでも、成宮先生の事が好きだとしたら、自分は一体何がしたいのだろうか……。  2人の過去を知ったところで、きっと何も変わらない。  でも、なんでこんなにも成宮先生の過去が気になるんだろう……。 「気になる?俺の成宮の過去が……」 「…………!?」  俺は弾かれたように顔を上げた。  知りたいけど怖い。  ふたつの反比例する感情が、心の中でぶつあり合って……痛くて苦しい。 「教えてあげようか?俺達の過去?」  目の前で、橘先生が妖艶に微笑んだ。 「こっちにおいで」  人気のないほうへ向かっていく橘先生を、俺は必死に追いかけた。

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