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野良猫みたいな恋⑯
「俺と成宮は付き合ってたんだ。この病棟に配属されてすぐくらいから」
「……え?」
一番聞きたくなかった橘先生の言葉に、一瞬で目に涙が溜まったのを感じた。目頭が熱くて、鼻の奥がツンとなる。体が小刻みに震えて倒れそうになるのをかろうじて耐えた。
「先に恋をしたのは俺。成宮は医学部でもとにかく目立ってたから」
橘先生が懐かしそうに、でも切なそうに微笑む。きっと、その当時のことを思い出しているのだろう。
「でも、あいつはとにかく男遊びが派手で……真剣に恋をするようなタイプじゃなかったんだ。そんな奴に関わりたくない……そう思っていたのに。いつの間にかハマってた。狂おしい程に恋して、何度も何度も告って……」
橘先生が大きな溜息をつきながら、髪を搔き上げる。そんな姿も悔しいくらい様になってる。このシーンを切り取って雑誌に載せたら、とても綺麗だろうなって思う。
「俺も、それまで男なんて選びたい放題で、自分から誰かを追いかけることなんてなかったんだ。なのに……本当に馬鹿みたいだよな」
「それで、成宮先生は?」
「『橘、負けたよ』って笑いながらOKをくれた。その瞬間、セックスしてイキまくった時みたいに気持ちよくて……本当に嬉しかった」
「………………」
その言葉を聞いた瞬間、目の前が真っ暗になり膝がガクンと崩れ落ちそうになる。全ての音が遥か遠くに聞こえた。
「遊んでた割には、真面目に付き合ってくれたんだ。浮気なんてしなかったし、愛されてるな……っていつも感じてた」
「そうですか……」
俺は上の空で答える。こんな話聞きたくなんてないのに、その場に根っこがはえてしまったかのように、動くことさえできない。
「でも、安心しな?俺がフラれたんだから」
「え?」
「俺がフラれたの。成宮に」
「そ、そうなんですか!?」
俺が嬉しそうな顔をしてしまったらしく、橘先生が呆れた顔をした後プッと吹き出した。
「水瀬君は本当に正直だね?君は、今、成宮と付き合ってるんでしょ?」
「え?」
「だって、キスしてるところも目撃しているし……成宮が君に向ける特別な視線だって気付いてるよ」
「す、すみません」
「え?謝っちゃうの?俺が惨めになるからやめてよ」
橘先生が大きな溜息を付きながら少しだけ俯く。長い睫毛が影を落とし、とても艶っぽく見えた。
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