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野良猫みたいな恋⑰

 この人は、俺が持っていないものをたくさん持っている……。  そう突き付けられた気がして、泣きたくなる。俺には、あんな色気も無ければ、医師としてのスキルやキャリアもない。しかも、見た目だって平々凡々だ。  ウズラは、どうしても鳳凰には勝てない。 「でもさ。この病棟に戻ってきたのは、医師不足だからっていうのは勿論あるけど……」  橘先生が窓の外を眺めながら静かに息を吐く。今日は暑かったから夕立が来るかもしれない。黒い雲が空一面を覆い始めた。 「それだけの為に、わざわざ自分の病院を放ったらかしにするわけがないじゃん」 「じゃあ、まだ橘先生は……」 「そう。未練タラタラ……もしかしたらヨリを戻せるかもって期待してた」 「やっぱり……」 「なのに、久し振りに会った成宮の傍には、いつも水瀬君がいて……本当に腹立たしかった。こんなに過去を引きずっていたのは自分だけだったんだって……」  その瞬間、俺には橘先生が今の空のように泣き出しそうに見えた。 「でもチャンスがあれば、成宮を君から奪ってでも取り戻したいって思ってる」 「……え?」 「例え汚い手段を使ってでも……ね」 「………………」  そんなことはしないでください……!そう言おうとした瞬間、廊下に聞き慣れた声が響いた。 「橘!」  咄嗟に俺達は声がするほうを振り返る。そこにいたのは成宮先生だった。 「あ……どうした?成宮」 「緊急入院OPEが何件か入りそうなんだ。分担してもらえるかな?」 「別に構わないよ」  それまでは気付かなかったけど、成宮先生を見る橘先生の表情はとても優しいものだった。あぁ、恋をしているんだな……って思う。 「じゃあ今すぐERに一緒に行ってくれないか……あ、水瀬もいたのか」  俺の姿を見つけた瞬間、成宮先生の顔が明るくなる。それを見た橘先生の顔が逆に曇った。 「三角形だ……」  俺は思う。  3つの尖った頂点の1つに俺もいる。成宮先生を取り巻く空気が、痛いくらいに張り詰めているような気がする。これが、本当の修羅場ってやつなのかもしれない。 「水瀬、俺達が抜けてる間、病棟を頼む」 「はい」 「遅くなるような、先に帰って構わないから」 「わかりました」  俺はそう言い残すと、その場を走るように逃げ出す。3人でいることが辛くて仕方なかった。  やっぱり成宮先生が頼りにしているのは俺じゃなくて橘先生なんだ……ということを改めて思い知らされた瞬間でもあった。 「俺は……橘先生には敵わない……」  涙が滲んできそうだったから、白衣でそれをゴシゴシと拭った。  

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