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野良猫みたいな恋⑱

 ずっと昔、成宮先生が教えてくれた屋上。成宮先生は嫌なことがあった時に、いつもここに来るって教えてくれた。  そして、俺もいつしか壁にぶつかった時や、辛いことがあった時に屋上を訪れるようになっていた。 「あぁ、涼しい……」  昼間はあんなに熱かったはずのに、もうすぐ日付が変わろうとしている今はとても涼しい。屋上を吹く抜けていく風が、火照った体を優しく冷やしていってくれる。  結局、パラパラと少し雨が降っただけで夕立は来なかった。  都会では蝉が鳴かないのだろうか。1日中病院の中にいると、外の気温さえもわからなくなってくることがある。きっと、もうすぐ夏休みが始まるんだろうな……って頭の片隅で思った。  緊急手術のため手術室に入った成宮先生と橘先生は、21時を過ぎても戻っては来なかった。先に帰ってろと言われても、帰るのはさすがに気が引けた。 「成宮先生まだかな……」  屋上の策に寄り掛かりポツリ呟く。  1秒でも早く、成宮先生に会いたかった。  その時、屋上に向かってくる足音と話声が聞こえてくる。 「ヤバい……ここ、立ち入り禁止だ……どうしよう!?」  サッと血の気が引いた俺は、咄嗟に屋上に置かれているベンチの傍に蹲って身を隠した。 「バレたら怒られる……」  息を押し殺して、体を小さく小さくした。  屋上に来た足音は2人で……。 「あれ?もしかして……」  俺が恐る恐る声がする方を覗けば、そこには成宮先生と橘先生がいた。 「なんでこんな所に2人がいるんだ……?」  いけないことだとわかっていながら、俺は2人の会話を耳をダンボにして盗み聞きしてしまう。 「成宮先生、ごめんなさい。俺、どうしても知りたいです」  心の中で謝罪をした。 「橘、悪かったな?こんな遅くまで付き合わせて」 「ふふっ。別にいいよ。結局、お前は俺がいないと駄目なんだからさ」 「そうかもな……」  親しそうに話す2人は、絵に描いたような美青年達で思わず溜息が漏れるようだった。  長時間の手術で疲れたのだろうか。お互いに気怠そうな顔をしていて、涼しい夜風に目を細めている。そんな2人を、大都会の夜景が優しく包み込んで。この世界は、この人達の為にある……そう思えるくらいだった。 「なぁ、成宮」 「ん?」 「昔さ、こうやってよくここに2人来たよな」 「あぁ、そうだな。ここが俺達の逃げ場所になってた」  懐かしそうに笑う成宮先生を、切なそうに橘先生が見つめている。 「成宮、お前さ……今、付き合ってる人とかいるの?」 「え?」 「恋人はいるかって聞いてんだよ」 「何だよ突然」 「いいから答えろよ」  いつも穏やかな橘先生を前に、さすがの成宮先生も目を見開いている。答えを急かすかのように、橘先生が成宮先生の手をそっと握った。 「恋人は、いるの?」 「うん。いるよ」 「その人のことが、お前は好きなの?」 「……あぁ。好きだ」    その言葉を聞いた瞬間、心臓がバクンと跳ねる。嬉しくて成宮先生に飛びつきたくなる衝動を必死に堪えた。 「そっか……でも、俺はまだお前のことが好きだ」 「は?橘、何言ってんだよ。俺達はもう終わったはずだろう……?」 「お前は過去の出来事かもしれない。でも俺は……あの時間を思い出なんかにできないよ」 「橘……」 「俺は今でも……お前が……」 「馬鹿が……」  そっと目を伏せた橘先生の頭を、成宮先生がそっと撫でてやる。その手付きは、ひどく手慣れたものに見えた。 「千歳……」  橘先生がそっと成宮先生に抱き付けば、戸惑いの表情を浮かべたものの、そっとその体に腕を回した。まるで、泣く子供をあやすかのように、「よしよし」なんて背中を擦ってやっている。  その光景を目の辺りにしてしまえば、俺の心の奥底でグツグツと汚い感情が煮えたぎり出してしまう。  それはヤキモチ、なんて可愛いものではない。もっともっと醜くて、ドロドロしていて……そんな感情を抱いてしまう自分が怖かった。

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