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野良猫みたいな恋⑲
「千歳、キスして……」
「おい、調子に乗るなよ。俺は付き合ってる奴がいるって言ってんだろう?」
「千歳、お願い……お願い……」
成宮先生に甘える橘先生を見て、素直に可愛いなって思う。
普段はあんなにしっかりしていて、クールに見えるからこそ、そのギャップが更に彼の弱さ故の魅力を引き立てていた。
「千歳……」
「橘……ん……ッ」
成宮先生が何か言おうと口を開いた瞬間……。
「え……?」
俺の中の時が止まる。
目の前で2人の唇がフワリと重なった。
バクンバクン。
俺の心臓が爆発しそうなくらい高鳴って、呼吸さえできなくなる。過呼吸になりそうになるのを、必死に耐えた。
チュッ、チュッと啄むように数秒続いたキスが、俺にはとんでもなく長い時間に感じられる。目の前で繰り広げられている熱い口付けを、情けないことに俺はハムスターみたいに震えながら見ていることしかできない。
チュウッというリップ音を響かせながら、名残惜しそうに唇が離された。
「好きだ、千歳……」
「橘……」
ガタンッ。
俺は咄嗟にその場から立ち上がり、逃げるように走り出す。
「葵……?」
成宮先生が目を見開いて俺を見つめていたのを感じた。きっとここに俺がいるなんて思ってもいなかっただろうから、さぞやびっくりしたことだろう。
「葵!?待て、葵!?」
成宮先生の声を振り切るように俺は走った。
振り返りたいけど、振り返ることが怖かった。
追いかけて来てほしいのに、放っておいてほしい。
いや、本当にお似合いの2人だから……だから、俺がこのまま身を引いたほうがいいのかもしれない……。
「はぁはぁはぁ……」
息はどんどん上がり、目の前が涙で滲んでいく。
俺はエレベーターも使わず、必死に階段を駆け降り続ける。呼吸が苦しくて、胸がはち切れんばかりに痛くて……涙がボロボロと溢れ出した。
成宮先生と橘先生がキスをしているシーンがあまりにも綺麗で……自分がひどく醜く感じた。
「適うはずなんかない……」
俺は溢れ出る涙を拭いながら夢中で走る。
階段を降り切って廊下の角を曲がった瞬間……。
「わ!おっと……!」
俺は誰かと物凄い勢いで衝突する。その衝撃で俺は吹っ飛ばされてしまった。
「だ、大丈夫ですか!?あれ?葵さん……?」
転びそうになるのを受け止めてくれたのは、成宮先生の弟である智彰だった。心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。
「え?葵さん、泣いてるの?何かあった?」
「ち、あき……」」
成宮先生によく似た顔で優しい言葉をかけられてしまえば、俺の心をかろうじて支えていた最後の柱が、ガラガラと音をたてながら崩れていくのを感じる。
「智彰、智彰……!」
俺は夢中で智彰に抱き付いた。
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