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野良猫みたいな恋⑳
「智彰 !智彰!」
俺は無我夢中で智彰にしがみつく。
もう誰でも良かった。こんな爆発してしまいそうな感情を、誰かに受け止めて欲しかった。
例え、あの人の弟でも……。
「何があったんだよ、葵さん」
「智彰ぃ。ふぇ……」
泣きべそをかきながら、優しく自分を抱き留めてくれる智彰の腕に全ての体重を預けた。
もう最悪だ……アラサーにもなって泣きながら誰かに縋り付くなんて……。情けないにも程がある。それでも、智彰の胸の中は温かくてホッとすることができた。
俺はそっと目を閉じて息を整える。
良かった……智彰に会えて……。
「どうした?葵さん」
俺の涙を手で拭ってくれながら、顔を覗き込んでくる。その優しい眼差しにひどく安堵する。
涙でグチャグチャになった俺の頬を優しく撫でてくれるその大きな手に、思わず体の力を抜いた。
「もしかして……兄貴と何かあったのか?」
「え……?」
無意識にピクンと体が跳ね上がる。
「やっぱり……」
そんな俺を見た智彰が、整った顔を顰めた。
智彰を見ていると成宮先生にとてもよく似ている。ただ、成宮先生は綺麗だけど智彰はかっこいい。何にせよ美形な兄弟だ。
「葵さんを泣かすなんて、俺は許せない。前は大人しく身を引いたけど今回は……」
「違う、違うんだよ、智彰。千歳さんは悪くない。でも……」
「でも?」
「本当に千歳さんに相応しいのは、橘先生なのかもしれない」
「橘さん……?」
その名前を聞いた瞬間、智彰は目を見開いた。
「橘さんが小児科病棟に戻ってきてる、って噂は本当だったんだ」
「うん」
「そっか…… 」
その反応を見れば、智彰は成宮先生と橘先生が付き合っていたことを知っていたみたいだ。
そっか、知らなかったのは俺だけだったんだな。
そう思えばまた泣きたくなってくる。
結局、俺はあの人の何も知らないんだ……。
「めちゃくちゃ惨めじゃん」
そう思えば、また目頭が熱くなった。
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