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バニラの香りに包まれて④

 夢現(ゆめうつつ)の中、俺は夢を見た。  と言うより、少し前にハロウィンについて調べてた時に見かけた記事を思い出したのだ。  ハロウィンは魔力の扉が開く日でもあり、未来が見えたり、普段は見えないものが見えるようになったり、占いや呪いが効力を発揮しやすい日とも言われている。  いつもなら、占いとか呪いとか信じる可愛らしい玉じゃないけど、今は信じてみたいって思う自分もいた。  だって、何かにすがり付かなきゃ、辛くて苦しくて仕方ない。こんなにも、成宮先生のことが好きだから。 「おはよう、葵」 「お、おはようございます」 「良く寝れたか?」 「はい。千歳さんが温かいから湯たんぽみたいでした」 「ふふっ。良かったな。じゃあ、夜食にするか」  そう言いながら、俺をまた優しく抱き締め直してくれる成宮先生。  顔から火が出そうなくらい恥ずかしいのに、心が甘く締め付けらる。幸せが、俺の心の中にあるマグカップから溢れ出してしまう。  今なら信じることができそうだ。  ハロウィンの神秘に包まれた魔力を。 🎃 🎃 🎃 「バニラの香りか……」  翌日、普段は立ち寄ることなんてない、お洒落なお店に足を踏み入れた。  そのお店は可愛らしい雑貨や家具に囲まれ、アロマやお香、洋服なんかも並べられている。店内には女の人で混雑していて、明らかに俺みたいな奴が来る場所でない。 「場違いもいいとこじゃん」  居たたまれなくなって、店から出ようとした瞬間、 「何かお探しですか?」 「あ、え、は、はい」  小柄な店員さんが笑顔で話しかけてくれた。まさに救いの女神の降臨に俺はすがりついた。 「バニラの香水とか、アロマみたいなのを探してるんですけど」 「バニラのアロマで大丈夫ですか?」 「あ、はい」 「こちらになります」 「ありがとうございます」  良かった……きっと自分じゃ見つけらんなかった。  店員さんにアロマオイルがたくさん並べられている棚の前に連れて行かれて、小さな茶色の小瓶を手渡される。 「こちらになります」 「あったぁ、良かったぁ」  ホッと胸を撫で下ろした。 「彼女さんにプレゼントですか?」 「え?」 「彼女さん幸せだなぁ。きっと喜びますよ」 「そ、そうですよね」  とりあえず、俺はお得意の愛想笑いを浮かべ、その場を乗り切った。  お店を出た頃には、辺りはすっかり真っ暗で。街中は、すっかりハロウィン一色だ。  綺麗にくり貫かれたカボチャの中で、蝋燭の炎がユラユラと揺れている。そんな幻想的な光景に、しばし見とれてしまった。  古い言い伝えによると、バニラは美しいランの仲間で、死すべき定めの男性に恋をした女神が、愛する男性の側で過ごすために姿を変えた花らしい。  ハロウィン当日に、愛する人に近づきたいならば、バニラの香りを身に纏えば願いが叶う。そういう神話がある。  バニラという女神は、本当に一途で健気な人だなって思う。  羨ましくなる。いいな、自分思いのまま生きられるその強さに、羨望さえ感じてしまうのだ。 「俺も、あなたみたいになりたい」  ポツリ呟いて、玄関の扉を開けた。  洗面器にお湯を張って、そこにバニラのアロマオイルを数滴垂らす。 「あ、入れ過ぎちゃった」  オイルは洗面器の中で、ケルト模様のような渦巻きを描いた。  [[rb:呪 > まじな]]いなんて信じてるわけじゃないけど、あまりにも神秘的で幻想的なハロウィンの世界に、絆されてみたかったんだ。  フンワリと柔らかい湯気にのり、部屋中がバニラの甘い香りに包まれた。 「あまぁい…いい匂いだ…」  優しくて、でも少しだけ香ばしい。  アイスクリームみたいだし、甘い甘いケーキにも感じられる。  本当にハロウィンが魔力に満ちた日ならば、お願い。成宮先生の傍にいたい。素直で可愛い葵のままで……。  泣きたくなるくらい、成宮先生に会いたい。 「このアロマ、めっちゃいい匂い……眠くなる……」  目を擦りながら、大きな欠伸をひとつ。  アロマのおかげかな……今日はよく眠れそう。  目蓋が段々重くなって、視界が少しずつ狭くなる。ハロウィンの魔法に誘われるかのように、俺は夢の世界へと旅立った。

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