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バニラの香りに包まれて⑤

「葵」 「ん……ッ?」  耳元で優しく名前を呼ばれたから、思わず体を捩らせる。やめてよ、くすぐったい。 「Trick or Treat。お菓子くれなきゃ、悪戯しちゃうよ?」  クスクス笑う成宮先生の声が聞こえてくる。 「ほら、悪戯しちゃうよ?」  寝ぼけ眼で声がする方を見れば、そこには泣きそうな顔で俺を覗き込む成宮先生がいた。  何で、いつもそんなに泣きそうな顔で俺を見るの?  嫌だよ。   俺まで泣きたくなる。  そっと成宮先生の頬を撫でてやれば、すりすりと頬擦りしてきた。  あぁ、可愛い。  ジャックオランタンが、ケタケタ不気味な声で笑っている。向こうには、不気味に笑う魔女までいるじゃん。  成宮先生、ハッピーハロウィン。 「千歳さんには、お菓子あげません」 「え? なんでだよ?」  成宮先生がびっくりしたように目を見開いてから、不貞腐れたように下唇を尖らせる。それが子供みたいで、思わず笑ってしまった。 「だから……お願いです」  成宮先生の首に両腕を回して、その体を抱き寄せた。  体勢を崩して、自分のほうに倒れこんできた体をギュッと抱き締める。 「だからお願い……悪戯して……」 「葵……」 「千歳さんに、絶対お菓子なんかあげないもん。だから……」 「悪戯していいの?」  部屋の中は、むせ返る程の甘たるいバニラの香りが充満していて、心や体……脳ミソまでも蕩けてしまいそうだ。  目の前の成宮先がまるで美味しいお菓子を頬張った時のように、幸せそうに笑う。  よかった……笑ってくれて。 「なぁ、キス、していいか?」 「はい」  恥ずかしくて目をギュッと閉じながら、コクコクと何回も頷けば、「可愛い」って成宮先生が髪を撫でてくれる。  それが気持ち良くて、ギュッと閉じた目から涙が滲んだ。  チュッと、まるでバニラの甘い香りみたいに唇が重なる。  その瞬間、心臓が甘くトクンと跳ねた。  唇を啄まれ、頬や首筋にも成宮先生の柔らかい唇が触れてくる。優しいキスのシャワーに、バニラアイスみたいに蕩けてしまった。 「ねぇ、このまま……キスのやり逃げとかしないでくださいね」  つい不安に襲われて、成宮先生にしがみつく。そんな不安な俺を、優しく受け止めてくれた。 「逃げるわけねぇじゃん。たださ、お前、それだけの覚悟あるの?」  俺の頬を両手で包み込んで、チュウッと強く唇を吸われる。 「今夜は抱き潰すからな……覚悟しろよ」  そのあまりにも自信に満ち溢れた顔が綺麗で……甘い吐息を吐きながらうっとりと見つめる。  指先から熱が伝わって、体中が火照って仕方ない。期待をしながらパチパチと瞬きをした。  ハロウィン当日、魔力は最大となり異世界へと続く扉が開くと言い伝えられている。  今俺の目の前で、確実に何か大きな扉が開いた気がした。 「葵、バニラのいい匂い」 「本当?」 「うん。早速食ってもいい?」 「え、あ、えっと……ちょっと待って……」 「嫌だね。お菓子くんねぇんだから、悪戯すんの」  甘い甘いバニラの香りに包まれて、身も心も、脳ミソまでも蕩けてしまおう。 【バニラの香りに包まれて END】            

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