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クリスマスに浮気をします④

「ごめん、葵。急に入院が3人も来て、これから色々指示を出さないと」  明らかにイライラしている成宮先生。前髪を乱暴に搔き上げ、貧乏揺すりをしている。    入院が一気にくるのは本当に大変だから、イライラするのもわかるよ。しかも、もうすぐ帰れるって時間に入院がきたら、どっと疲れも出るだろうね。  でも、でもさ……今日は笑ってて欲しかったな。  だって、今日はあなたの誕生日でもあって、クリスマスイヴだから。 「そっか、なら仕方ないですね。何か手伝えることはありますか?」  いつも通り、聞き分けのいい葵を装う。  本当は、凄くガッカリした自分がいた。普段、クリスマスなんて大して興味なんかないし、2人で過ごしたい……なんて、思ったこともなかった。  でも、今年はクリスマスに期待していた。  ううん、違う。笑った成宮先生が見たかったんだ。 「なんでそんなに聞き分けがいいの?」 「え?」 「怒ればいいじゃん?約束破るなって。それとも、約束なんかどうでも良かった?」  明らかにイライラしている成宮先生。もう最近は、こんな顔しか見てない。心が苦しくて粉々に砕け散りそうだ。  ただ俺は、成宮先生の足手まといにだけはなりたくない。彼を支えてやることすらできないなら、我慢するしかないって思うから。 「仕方ないじゃないですか? 成宮先生頑張ってるんですから」 「なんだよ、それ……」  俺に近づいてきた成宮先生が、威圧的な目で見つめてくる。獣のような鋭い瞳で睨まれれば、非力な俺に太刀打ちなんかできない。  蛇に睨まれた蛙だ。 「俺に不満があるんだろ?」 「べ、別に不満なんか……」 「嘘つけ、顔に書いてある。俺がウザい。でも、もっと構って欲しいって……」 「………」 「そんなに寂しいなら、他の男と浮気でもしたら?」  その言葉を聞いた瞬間。何かがポッキリ折れた気がした。  ずっとずっと、自分を支えてきた何かが……音をたてて崩れ去った。  俺、本当はずっと寂しかったんだよ。  でも成宮先生に迷惑かけたくなかったら、ずっとずっと我慢してきた。どんなに冷たくあしらわれても、性欲処理係に落ちぶれたとしても……俺は、あなたの傍にいたかった。  成宮先生が好きだったから。 「わかった。浮気してみます」 「……え?」  俺の言葉が余程予想外だったのか、成宮先生が目を見開いた。 「千歳さんの言う通り、他の男に抱かれてみます。そしたら何かが変わるかもしれないから。じゃあ、行ってきます。お疲れ様でした」  丁寧に頭を下げた後、俺は医局を飛び出した。  成宮先生が血相を変えて追いかけてきて、俺の腕を掴んだから、勢いよくそれを振り払う。 「葵、冗談だろ?」 「本気です。千歳さん、俺、本気だから。だから離してください」 「嫌だ」 「離して」 「絶対に嫌だ」 「離してください!!」  普段は絶対に出さない俺の大声を聞いた成宮先生は、呆然と目を見開いている。 「もう、うんざりなんです。あなたのワガママに付き合うのは……」 「葵……」 「じゃあね、千歳さん」  涙が溢れ出しそうになったから、慌てて目元を押さえた。  なんでクリスマスイヴなんかに、こんな喧嘩しなきゃなんないだろう……そう思うと、悲しくて仕方ない  きっと街中は、幸せなクリスマス一色なはずだ。  行く当てもないし、浮気相手なんかもいないけど……。俺は手早く着替えて、エレベーターのボタンを押した。  ふと過る、優しい後輩の笑顔。どうしても、彼に会いたくなった。  

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