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クリスマスに浮気をします⑧
「おい、てめぇ。何してんだよ」
ついさっきまで目の前にいた男の人が、一瞬にしていなくなる。
誰かに襟首をつかまれ吹っ飛ばされてしまったのだ。
「人のもんに手ぇ出してんじゃねーぞ。殺すぞ」
暗闇の中目を凝らせば、怒りに顔を引きつらせた成宮先生がそこに立っている。強く握られた拳は小さく震え、噛み締められた唇は小刻みに震えている。明らかに怒っている……その気迫は鬼気迫るものだった。
この気迫で、逃げ出さない奴なんかいないだろう……いつの間にか先程まで甘く自分を誘惑していた相手は、公園から姿を消していた。
そして、その場には俺と成宮先生、2人だけ取り残されてしまう。
粉雪が地面に落ちる音すら聞こえてきそうな、静かな夜……。耳をすませば、サンタクローズが乗ったそりの鈴の音が聞こえてきそうだ。
成宮先生からもらった毛糸のみたいに真っ白な雪が、地面に積もり始めていた。
「おい、葵」
怒りを露にしたまま、成宮先生が俺と向かい合った。
「お前、俺以外の男なんかに股を開くなよ。絶対に、絶対にだ!!」
「はぁ? だってあなたが浮気しろって…」
「浮気なんかしてみろ、俺生きてけねぇよ。マジで死んじまう。マジで……マジで……」
みるみるうちに、成宮先生の綺麗な瞳にたくさんの涙がたまりユラユラ揺れる。
「葵、ごめん。ごめんな……」
背骨が折れるじゃないかってくらいギュッと抱き締めてられる。
「素っ気なくしてごめん。ウザいって素振りをしてごめん。優しくしてやれなくてごめん。一緒にいてやれなくてごめん。寂しい思いをさせてごめん。自分勝手にセックスしてごめん。それからそれから……」
成宮先生の目から溢れた涙が、少しずつ俺のパーカーに染みわたっていく。
この超我儘男が泣きながら謝るなんて……明日は槍が降るだろうなって可笑しくなってくる。久しぶりに見た、機嫌が悪い以外の成宮先生の表情。
でも違う、俺がみたいのはそんな顔じゃない。
「浮気しろなんて言って、本当にごめんな」
「成宮先生……」
「さっき、お前が俺以外の男に触られてるの見て、腸 が煮えくり返った。マジで、あの男ブッ殺そうかと思った」
成宮先生の体が、カタカタ震えていたから抱き締めてやった。
「自分が全部悪いのに…自分が撒いた種なのに……やっぱり俺は、お前が大好きだ……」
子供みたいに温かい成宮先生の体。
智彰みたいに優しいわけじゃないし、橘先生みたいにいつも穏やかなわけじゃない。
外面は国宝級にいいくせに、性格は手に負えないくらい自己中心的で甘えん坊。けど、俺は何よりこの超我儘な男が大好きなんだ。
全てを許せてしまう。
結局、俺はあなたにベタ惚れだから。
どうぞ、あなたのお気に召すままに……。
「千歳さん、仕事は終わったんですか?」
「なんとか終わらせた。でもいいんだ……残りは小山部長に任せてきた。だって、俺は葵が一番大事だから……」
「……バカ……」
「お前より大事な物なんかねぇよ」
シャンシャンシャン……。
突然空から鈴の音が聞こえたような気がして、思わず空を見上げた。
え……サンタクロース?
「葵、お前が一番欲しい物をあげる」
「一番、欲しい物?」
「そう」
俺のほっぺたを両手で包み込んで、額と額をコツンと合わせる。
「葵が一番欲しいのは、笑ってる俺だろ?」
「そう、そうです……」
「だから、俺をあげる。これからは、ずっとずっと葵の傍で笑ってるから」
だから……。
成宮先生が、顔を苦しそうに歪めた。
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