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バレンタインに愛の囁きを②

「とりあえず、チョコのお菓子をあげとけばセーフでしょ」  ついさっき、ネットで検索していた人気のチョコスイーツたるものを、とりあえずは作ってみようと考えていた。だって、バレンタインデー裏がわなんて、男の俺には良くわからないのが現実だ。  きっと成宮先生なら、何でも喜んでくれはるはず。そんなのはわかりきっていた。だって、あの人は本当は優しい人だから。  惚気れるわけじゃないけど、成宮先生は本当に本当に優しい。  愛されているのが、こんなに鈍感な俺でさえわかるくらいなんだから。心の底から、愛されているのが伝わってくる(ただ、その愛情が非常に変化球で分かりにくいのだ)。  だから、倦怠期なんて無縁の話だし、喧嘩だって俺が家出したことを除けばほとんどしたことがない。  絵に描いたような幸せな二人。  なのに……俺は、それが凄く苦しくもあった。  だって、『好き』なんて不確実で不誠実なものに振り回されているようで、不安で不安で仕方ない。  自分はこんなにも成宮先生が好きなのに、いつか成宮先生には別に好きな人ができて……俺は棄てられてしまうかもしれない。 『やっぱり、俺子供が欲しいんだ』  そうはにかむ成宮先生を想像するだけで、胸が張り裂けそうになる。 『そっか。成宮先生は、小児科医なるくらい子供が好きだもんね。幸せになってね』  なんてヘラヘラ笑いながら身を引く自分も、容易に想像がついてしまった。  それに、このThe平凡男子の恋人が、小児科の若きスーパードクターだということが、未だに信じられない。  成宮先生が道を歩くだけで、老脈男女問わず色んな人が彼を振り返る。  職場でだって、その日遊ぶ相手に困らないだろうってくらい、モテてモテてモテまくっている。それなのに、今まで浮いた話の一つもないのだから、その真面目な人柄が垣間見えた。  そんな完璧な人が、全てにおいて『普通』な俺を、いつまでも好きでいてくれるはずなんてない。  俺は、あの天下の成宮千歳様に選んで頂いた、幸運なペットであり、玩具なのだ。  だから、いつ棄てられても仕方ない……俺には、そんな諦めが、いつもあった。  じゃないと、怖くて、不安で仕方なかったから。  だから、俺はどんなに成宮が好きでも、成宮先生に愛されていても、踏み越えてはいけない一線というものが自分の中にいつもあって。それを越えたがる自分を、必死にセーブしてきたんだ。  だから、『愛してる』って言われても『ありがとうございます』とか、『俺もです』としか応えられない。  だって、口に出してしまったら、俺は絶対戻れなくなってしまうから。きっと、今以上にもっともっと成宮先生を好きになってしまう。止まらなくなる。  あの人無しでは、生きていけなくなる。  だいたい、あの人にフラれたら、俺はどうしたらいいんだろう。  こんなにも抱かれる悦びを知った体が、今更女の子なんか抱けるはずはない。でも、成宮先生以外の男に抱かれるなんて気持ち悪くて仕方ない。   「愛してるって言いたいんだよぉ」  そしたら、俺の全部を成宮先生にあげられるんだ。  一緒にいる『今』だけでなくて、『未来』も体も心も全部全部、成宮先生にあげられる。  俺は、あの人の物になれるんだ。  でも、全てを成宮先生に捧げてしまったら飽きられてしまう気がする。俺は、それが死ぬ程怖かった。 「なんで、こんなに好きになっちゃったのかな」  鼻の奥がツンとして泣きたくなってきた。  柄でもないし、女の子じゃないんだから……って気持ち悪いとさえ思う。  成宮先生に愛されて、愛するようになって変わってしまった自分が、本当に嫌いだ。  成宮先生が好きになってくれた、可愛くて優しい葵は、どこかにいなくなってしまった。  桜の花弁みたいな雪が、ヒラヒラと空から舞い降りて……地面を白く染め上げた。

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