168 / 184
バレンタインに愛の囁きを③
「丸焦げじゃん」
思わず床に座り込んでしまう。
一生懸命作ったはずのケーキは、オーブンに入れた後少しうたた寝しているうちに、いつの間にか真っ黒焦げになってしまった。
俺は元々、料理とかお菓子作りは得意なんだけど……。
グズグズと余計なことを考えてるからだ、なんてわかってる。それでも考えずにはいられない。
成宮先生を思うだけで、凄く幸せだ。心がポカポカ温かくて、優しい気持ちになれる。
なのに、辛くて、苦しくて仕方ないんだ。成宮先生の顔を見れば、胸が張り裂けそうになる。
「頑張ったんだけどな」
俺は泣きそうになりながら、丸焦げケーキをゴミ箱に捨てた。きっとこのケーキは、今の自分みたいに苦くて食べられるはずがない。
苦くて、でもほんのり甘い。それはまるで、恋みたいだね。
時計を見れば、バレンタイン当日の22時。今から新しいのを焼けるはずなんかない。だいたい、そんな気力すらない。
自分は恋人の為に、ケーキすらまともに作れないんだ。
そう思えば情けなくなってしまい、キッチンに踞って頭を抱える。
伸びかけの癖のある髪が、サラッと額から落ちてきた。
『よしよし。落ち込むなよ、葵』
優しく笑いながら頭を撫でてくれる成宮先生に、会いたくて仕方ない。
笑えてくる。だって毎日会ってるのにさ。
成宮先生に可愛いって言って欲しくて、飽きられたくなくて、今まで行ったことのないお洒落な美容院にも行ってみた。
キスする時、髭と髭が擦れ合う感触が嫌だって言ってから、脱毛なんかにも行ってみた。
ゲイビデオを見てテクニックを勉強してみたり、料理も頑張ったり。
俺は、成宮先生に見捨てられたくなくない一心で、必死になっていた。
いくら小児科病棟の看護師さんや、患者さんにビジュアルを誉められたとしても、嬉しくなんかない。
俺は、成宮先生に褒めてもらわなければ意味がないんだ。
少し前に、この感情を柏木に素直に吐露してみた。
柏木なら、きっと真面目に聞いてくれると思ったから。
「つまりは、水瀬さんは成宮先生が好き過ぎて辛いと」
「はい。クダラナイ悩みですみません。でも、本当に成宮先生を思うだけで胸が痛くて、泣きたくなるんだ」
「お前達は付き合ってどれくらいになんのか?」
「えっと、もうそろそろ二年かな?」
「もう1年になんのか?二年たってもそんなラブラブなんだな」
「ラブラブかなぁ」
「十分ラブラブだろう。全然飽きないんだもんな。すげぇよ」
柏木の信じられないという顔を他所に、俺は唇を尖らせた。
「飽きるどころか、毎日が好きのレコード更新中だよ」
「本当にすげぇなぁ」
「多分、成宮先生を好きっていう部門があるなら、俺ギネス記録に載れると思う」
「ふふっ。そっか」
「こんなに好きっていうのが苦しいんなら、俺、成宮先生を好きにならなきゃ良かった」
「水瀬……」
「誰かを好きになるのって幸せなことばっかで、こんなに苦しいなんて想像もしてなかった」
柏木が病院の天井を眺めて、少し何かを考えたあと、にっこり微笑んだ。
「お前は可愛いな。成宮先生が水瀬を離さない理由が良くわかるよ」
「なんだよ、それ……」
「水瀬はそのままで十分だよ。俺は、成宮先生が凄く羨ましい」
柏木が、照れ臭そうに鼻をすする。
「こんなにも自分を想ってくれる人に、俺は出会えるかな」
そんな柏木の笑顔が、凄く印象的だった。
ともだちにシェアしよう!