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バレンタインに愛の囁きを③

「丸焦げじゃん」  思わず床に座り込んでしまう。  一生懸命作ったはずのケーキは、オーブンに入れた後少しうたた寝しているうちに、いつの間にか真っ黒焦げになってしまった。  俺は元々、料理とかお菓子作りは得意なんだけど……。  グズグズと余計なことを考えてるからだ、なんてわかってる。それでも考えずにはいられない。  成宮先生を思うだけで、凄く幸せだ。心がポカポカ温かくて、優しい気持ちになれる。  なのに、辛くて、苦しくて仕方ないんだ。成宮先生の顔を見れば、胸が張り裂けそうになる。 「頑張ったんだけどな」  俺は泣きそうになりながら、丸焦げケーキをゴミ箱に捨てた。きっとこのケーキは、今の自分みたいに苦くて食べられるはずがない。  苦くて、でもほんのり甘い。それはまるで、恋みたいだね。  時計を見れば、バレンタイン当日の22時。今から新しいのを焼けるはずなんかない。だいたい、そんな気力すらない。  自分は恋人の為に、ケーキすらまともに作れないんだ。  そう思えば情けなくなってしまい、キッチンに踞って頭を抱える。  伸びかけの癖のある髪が、サラッと額から落ちてきた。 『よしよし。落ち込むなよ、葵』  優しく笑いながら頭を撫でてくれる成宮先生に、会いたくて仕方ない。  笑えてくる。だって毎日会ってるのにさ。  成宮先生に可愛いって言って欲しくて、飽きられたくなくて、今まで行ったことのないお洒落な美容院にも行ってみた。  キスする時、髭と髭が擦れ合う感触が嫌だって言ってから、脱毛なんかにも行ってみた。  ゲイビデオを見てテクニックを勉強してみたり、料理も頑張ったり。  俺は、成宮先生に見捨てられたくなくない一心で、必死になっていた。  いくら小児科病棟の看護師さんや、患者さんにビジュアルを誉められたとしても、嬉しくなんかない。  俺は、成宮先生に褒めてもらわなければ意味がないんだ。  少し前に、この感情を柏木に素直に吐露してみた。  柏木なら、きっと真面目に聞いてくれると思ったから。 「つまりは、水瀬さんは成宮先生が好き過ぎて辛いと」 「はい。クダラナイ悩みですみません。でも、本当に成宮先生を思うだけで胸が痛くて、泣きたくなるんだ」 「お前達は付き合ってどれくらいになんのか?」 「えっと、もうそろそろ二年かな?」 「もう1年になんのか?二年たってもそんなラブラブなんだな」 「ラブラブかなぁ」 「十分ラブラブだろう。全然飽きないんだもんな。すげぇよ」  柏木の信じられないという顔を他所に、俺は唇を尖らせた。 「飽きるどころか、毎日が好きのレコード更新中だよ」 「本当にすげぇなぁ」 「多分、成宮先生を好きっていう部門があるなら、俺ギネス記録に載れると思う」 「ふふっ。そっか」 「こんなに好きっていうのが苦しいんなら、俺、成宮先生を好きにならなきゃ良かった」 「水瀬……」 「誰かを好きになるのって幸せなことばっかで、こんなに苦しいなんて想像もしてなかった」  柏木が病院の天井を眺めて、少し何かを考えたあと、にっこり微笑んだ。 「お前は可愛いな。成宮先生が水瀬を離さない理由が良くわかるよ」 「なんだよ、それ……」 「水瀬はそのままで十分だよ。俺は、成宮先生が凄く羨ましい」  柏木が、照れ臭そうに鼻をすする。 「こんなにも自分を想ってくれる人に、俺は出会えるかな」  そんな柏木の笑顔が、凄く印象的だった。  

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