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バレンタインに愛の囁きを④
ケーキをゴミ箱に棄てたあと、俺は途方に暮れてしまう。
「どうしよう。バレンタイン終わっちゃう。成宮先生に、チョコレートあげたかったな」
ちゃんと理由を説明すれば、あの人はわかってくれるだろう。
『別にいいよ、チョコなんて。ただ甘いだけのハイカロリー魔人じゃん?』
ってきっと顔を顰めるはずだ。でも、そんなの本心じゃないなんて、俺にはわかる。成宮先生の、そういう可愛くない言動は照れ隠しだったり、俺を傷つけないようにっていう、優しさなんだから。
でもそうじゃない、嫌なんだ。だって、俺は成宮先生にチョコをあげたかった。
フラッと窓に近寄れば、雪が音もなく降っていた。
今日世界中で、一体何人の女の子がチョコを巡り泣いたり笑ったりしたことだろうか。
みんなが、幸せになってくれてたらいいな、って思う。
俺は、幸せになれなかったけど。
ガラッと窓を開けてベランダに出てみる。アホな位薄着で、サンダルを突っ掛けて。何となく頭を冷やしたかった。成宮先生のことで一杯の火照りきった頭を、冷静にしたかった。
「なんでこんなに好きなんだろう」
好き過ぎて辛いなんてあり得ない。
しかも、時間が経つにつれて落ち着くどころか、どんどん成宮先生を好きになってしまっている。自分はどんどん飽きられてしまっているかもしれないのに。
ねぇ、俺達の思いはちゃんと比例してますか?
それとも、反比例とか?
「あー、しんどいよぉ」
俺の吐息が暗闇に吸い込まれて行く。
「こんなに辛いなら、止めちゃおうかな」
ヒラヒラ舞い降りる白い蝶々が、音もなくベランダに積もっていき、まるで白い真綿のようだ。
綺麗だけど、いつか溶けてしまう……そんな儚さも持ち合わせている。
成宮先生の俺への思いも、いつか溶けてしまう。きっとそうだ。だって、こんな取り柄もない自分が、あんなスーパードクターに愛され続けるわけがない。
涙がポロっと溢れたから、慌てて寒さで馬鹿になった鼻をすする。
「辛いよ。千歳さん」
涙は止まらなくて、本当に参ってしまう。なんでこんなに弱くなっちゃったんだろう。
きっとこんな時、可愛いお姫様なら、素敵な王子様か魔法使いが目の前に現れるんだ。そして、幸せな世界へと連れて行ってくれる。
可愛いお姫様なら。
惨めな俺は、愛する恋人に溺れた挙げ句、その人を信じることもできずにいる。でも、本当の思いを伝えて、自分との温度差を知ることが何より怖いんだ。
そっとポケットからスマホを取り出す。
『成宮先生、突然でごめんなさい』
寒さから凍える手でLINEをうつ。
あーあ、天の邪鬼がついに自滅した瞬間。
いくら、可哀想なフリをしても王子様も魔法使いも来ないのに。
『俺、貴方と別れたいです』
でも、これで楽になれる……そう思ったら、少し心が軽くなった。
「終わっちゃった」
温かい涙が地面に落ちて、静かに雪を溶かして行った。
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