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バレンタインに愛の囁きを⑤

「おい、コラ。馬鹿が」  突然家中にドスドスという足音が響き渡たる。「なんだ?」と思う暇もなく、背中から温かい物に物凄い力で抱き締められた。 「こんな雪の中、何ボーっとしてんだよ?凍え死ぬぞ?」 「千歳さん……」 「あー、ほら。体が氷みたいだ。早くこっちに来い」  俺は成宮先生に肩を抱かれ、部屋の中に強引に引きずり込まれる。   「なんで急に別れるなんて言うんだよ?」 「え?あ、あの……」  慌てて顔を上げれば、酷く怒ったような、今にも泣きそうな顔をした成宮先生がいた。 「俺が納得できるように説明しろよ。じゃなきゃ、俺は引かないよ?」 「………」 「突然どうしたんだ?いい子だから話して。俺、ちゃんと聞くから」  成宮先生が俺の真正面に回り込んで、顔を覗き込んでくる。  そんな成宮先生の前髪から、雪の結晶が溶けてツッと額から頬へと雫が流れ落ちて行く。きっと、傘も差さないで急いで帰ってきたんだろう。  それが、何だか色っぽくて、かっこ良くて。  臆病な俺は、やっぱり何も言えなくなってしまった。 「話せないなら、俺の話を聞いて欲しいんだ。俺さ、真面目に話すからちゃんと聞いてくれないかな?」  何も言えず、成宮先生を見つめることしかできない俺に、成宮先生は穏やかに、ゆっくり話かける。でもその口調はあまりにも真剣で、今にも泣き出しそうに少しだけ震えていた。  そんな成宮先生を見れば、俺まで泣きたくなる。 「あのさ、本当に俺と別れたいって思ってるなら、俺を殺す覚悟で言って欲しい。俺は、死ぬまでお前を離すつもりなんかないよ。だから、その覚悟がないなら、別れるなんて絶対に言うな」  成宮先生の視線と声のトーンだけで、彼が本気で怒っているのがビリビリと空気を震わせて伝わってくる。普段口が悪いし、意地悪だけど怒ることなんて滅多にない。そんな成宮先生の怒った表情に、俺は酷く戸惑ってしまった。 「ごめん……ごめんなさい、千歳さん」 「それでも別れたいんなら、俺を殺せよ」 「嫌です、千歳さん」 「いいんだよ。俺は、お前がいなきゃ生きてけねぇんだから」  子供みたいに唇を尖らせて、拗ねる成宮先生を見れば、自分の愚かさを思い知る。それと同時に、自分がいかに愛されていたのかも……。  不安に思うことなんかなかった。  だって、俺はこんなにも愛されてる。  ちゃんと全部話すね。貴方に恋するあまり、臆病者になってしまった自分の本音を。  貴方が好きすぎて、辛い現状を。 「で?」 「で?って……これが全てですけど……」 「あははは。馬鹿じゃん」 「ご、ごめんなさい」  俺の話を全部最後まで聞いてくれた成宮先生が、思わず吹き出す。そして、涙を流して笑い出した。 「なに?お前、そんなに俺が好きなの?」 「はい。大好き……です」 「そっか」  成宮先生が愛しそうに微笑んで、俺の額に自分の額をコツンとくっつけた。  成宮先生の吐息が、顔にかかってくすぐったい。 「大丈夫だよ。俺は、葵を本当に本当に愛してるから。だから、そんなに不安になるなよ」 「……はい……」  あぁ、成宮先生の優しさが心に染み込んで、綺麗に積もった雪を全部溶かしてく。  あったかい。 「俺も、俺も……千歳さんを愛してます」  これで自分の全てをさらけ出してしまった。もう俺に、切り札なんか残ってない。全部、全部成宮先生にあげちゃった。 「ありがとう。2年越しの愛してる、だな」 「もしかして……」 「うん。ずっとずっと待ってた。お前から言ってくれるのを」  成宮先生が照れ臭そうに、でも幸せそうに笑う。 「すげぇ嬉しい。ありがとな」 「千歳さん……」 「ありがとう」  それから優しく唇を重ね合わせた。  雪が降りしきる中、暖房もろくに効いていない部屋にいた俺達の唇は、氷みたいに冷たくて。  お互いに唇を啄み合い、強く強く抱き合いながら温めあった。  もう不安になんかならない。  成宮先生、俺は貴方が大好きだ。 「それに葵はさ、もう俺から離れられるわけねぇだろう?」 「え?なんでですか?」  目の前の恋人が、実に『成宮千歳』らしい自信に満ち溢れた顔でニヤリと笑う。 「だってさ、俺は、そんないい加減にお前を愛してきたわけじゃないから」 「え?」 「お前、忘れられんか?俺とのキスも、セックスも……この体で、もう他の奴と寝ることなんてできないだろうが?」 「あぅ……ふぁッ……」 「ふふっ。ほらな?こんだけ、俺が可愛がってきた体なんだから」  成宮先生は意地の悪い手つきで、いつも彼を受け入れている場所を、慣れた手付きで撫でたたりくすぐったりしてくる。  俺はそれだけで、ピクンピクンと体を震わせて、喚起に打樋枯れてしまうんだ。 「もう絶対無理……」 「ん?」 「貴方以外の人と肌を重ねるなんて……」 「いい子だな、良くわかってんじゃん?」  俺が猫のように媚びれば、満面の笑みを浮かべる。 「やりたい……なぁ、葵……抱いていいか?」 「はい……貴方のお気に召すままに……」  成宮先生がニッコリ微笑んで、そっと俺を床に押し倒す。  後は、この唇と体と、心を……貴方に捧げるだけだ。 「千歳さん」 「ん?」 「雪が綺麗ですね」 「うん。綺麗だな」

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