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バレンタインに愛の囁きを⑥
「いい匂い。なんか作ってた?」
床に散乱した洋服を着ながら、成宮先生が鼻をクンクンさせて匂いの元を探っている。
長い間寒い外にいた俺の鼻は、トナカイみたいに赤くなって、すっかり馬鹿になっていた。
かじかんで感覚のない手を、成宮先生が自分の手で温めてくれている。ギュッと繋いだ成宮先生の手が好き過ぎる。
「あ、さっきまでケーキ焼いてたんです。バレンタインだから」
「え?俺の為に」
成宮先生の顔が一瞬でパァッと明るくなった。
そんな顔をされたら、事実を伝えてにくい……。
「はい。バレンタインだから千歳さんの為にケーキを焼いてたんだけど、失敗したから棄てちゃった」
「はぁ!?棄てた!?」
「はい。棄てました…」
あり得ない……と言わんばかりに、ポカーンと口を開いて心底呆れたような顔をする成宮先生。
何だか、居たたまれない気持ちになってしまった。
「俺は、ゴミ箱の中のケーキでも食うからな」
「え!?ゴミ箱のケーキを!?」
「当たり前だろう?失敗したもんだろうが、ごみ箱の中にあるもんだろうが、構うもんか」
「駄目ですよ!?成宮千歳とあろうお方が、ごみ箱の中の物なんて!?」
「はぁ?お前は俺を何だと思ってんだ?」
そう言いながら、成宮先生がキッチンのゴミ箱の蓋を勢い良く開ける。
「俺にとって大事なのは味なんかじゃなくて、葵が俺の為に作ってくれたっていう事実なんだよ」
ゴミ箱をあさった成宮先生が、ニッコリ微笑んだ。
「見つけた。旨そうじゃん。食っていい?」
「いいけど、焦げてますよ?」
「別にいいよ。俺、甘いのあんまり得意じゃないから。じゃあ、いただきます」
明らかに焦げたケーキに思い切りかぶり付いた成宮先生が、まるで子供みたいに目をキラキラと輝かせた。
「旨いじゃん?葵、ありがとう」
あまりにも無邪気な顔で笑うから、俺の胸は甘く甘く締め付けられた。
俺の恋人は、なんて優しいんだろう。
それから、なんて俺の事が好きなんだろう。
「葵も一緒に食おう?」
成宮先生が「おいでおいで」をしてくれたから、俺は成宮先生の隣に座り込む。
「ほら、あーん?」
「あーん」
鳥の雛みたい口を大きく開ければ、ケーキを放り込んでくれる。その味は苦いけど、うん……美味しい。
「千歳さん、美味しい」
「だろ?こっちこそ、ありがとな」
頭を優しく撫でてもらえば、やっぱり好きっていう思いが、心から溢れ出してしまう。
苦しくて仕方ない。
好き過ぎて仕方ない。
やっぱり、俺は貴方が大好きだ。
「ケーキ食べ終わったら……」
「ん?」
「もう一度、俺を食べてくれますか?」
「あん?足りなかったのか?」
「はい。俺……死ぬ程貴方が好きだから、全然足りない」
「じゃあ、遠慮なくいただきます」
「どうぞ召し上がれ」
それから俺達は、チョコレートみたいに甘いキスを交わした。
ねぇ、成宮先生。今日はホワイトバレンタインですね。
【バレンタインの愛の囁きを END】
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