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成宮先生が狼になるとき【番外編】
無防備な君に恋する5選
俺の想い人は、誰もが認める可愛らしさを持っている。
大きな瞳に、ふっくらした涙袋。
幼い顔立ちの中に時折顔を出す色気に、振り回される。
誰もがあいつを好きになるのに、その無防備さ故危なっかしくて仕方ない。
どうすれば、そんなお前を手に入れられるんだろう。
計算高い俺は、今日も頬杖をつきながら、みんなに囲まれて笑うお前を遠くから眺めることしかできないんだ。
これは、俺と葵がまだ付き合う前のお話。
STEP1誰にでもスキだらけ
警戒心が強くて、スキンシップが一見苦手そうに見えるのに、意外とパーソナルスペースが狭い葵。
スタッフがどんなに近くにいても、体を触っても全然動じない。柏木みたいに昔からの友人に至っては、もはや葵のことを肘置きとか玩具くらいにしか思ってないんではないだろうか?
めちゃくちゃスキだらけ。
そりゃあさ、同性を好きになる奴なんて、そうそういないだろうけど。やっぱり不安は隠しきれなくて。
あまりにも無防備に臍を見せて、看護師達から黄色い声援を浴びたり、智彰にいいようにからかわれたり。
自分がそれなりに容姿が整ってたり、みんなに好かれるタイプだっていう自覚なんか全くない。
髪は無造作に伸びて、好き勝手に跳び跳ねて……まだまだ寒い日が続く今は、雪だるまみたいにモコモコに着込んでいる。
誰にでもスキだらけ。
全然何も考えない。
見てて面白くないんだよ。
でも彼氏じゃないんだから、偉そうに口出しなんかできないし、ましてや「いい加減にしろよ!?」なんて怒れる訳ないじゃん。
ホワイトデーに飴玉をあげれば、「ありがとうございます」なんて頬を赤らめながら、可愛らしい顔で笑ってた。
何で男の自分が、『ホワイトデー』にプレゼントを貰ったんだろう……って不自然に思わないわけ?
俺はお前を女として見てんだよ。
だから、今日もまた、頬杖をつきながら可愛い葵を遠くから眺めることしかできなくて。
あーー、イライラするし、モヤモヤする。
STEP2眠る君に秘密の愛を
まだ葵が新人の頃。勉強のために難しい患者を受け持たせてみたら、予想通りにパニクッた。でも投げ出すことなんかせず、一生懸命に患者と向き合っている。
そういうとこは、素直に凄いなって思った。
昨日も今日も、俺の後を追いかけ回して……俺の隣が特等席になってきてる。
「成宮先生! これってどう思いますか?」
「成宮先生ー!! どこにいるんですか?」
「成宮先生! 成宮先生!」
少しでも俺が離れてくと、電子カルテを片手に追いかけて来る。
それが可愛くて仕方ないから、わざと葵の前から姿を消したくなった。
ほら、キョロキョロしながら俺を探してる。
バカみたいに可愛いなぁ。
医局のソファーに座り目をこすっている。傍目からも眠いのが見てとれる。一生懸命頑張り過ぎて疲れたのか? 本当に子供みたいじゃん。
「水瀬、眠いの?」
「んー、眠い、です……」
その姿があまりにも幼くて。隣に座って抱き寄せた。
きっとお前は深い意味も考えないで、俺に身を預けてくるはずだ。
コテン。想像通りに、俺の肩に顔を埋める。
可愛い……けど、残酷だよね。
「少し休めば?」
「クワァ……少しだけ休んでもいいですか?」
「いいよ。おやすみ、水瀬」
「はい。おやすみなさい」
寒いかなって、近くにあったブランケットで体を包んでやる。
穏やかな寝息が聞こえてきたから、深い眠りに落ちたのがわかった。
額と額をコツンと合わせる。そのままそっと……唇を重ねた。
温かくて、柔らかいその感触に体が跳び跳ねる。 鼓動がうるさい程鳴り響き、起きたらどうしよう……と不安になりながらも、また唇を奪った。
こんなん、童貞がやることじゃん。
STEP3無意識のゼロセンチ
近い、葵近い。
特に何も考えていない想い人は、ソファーに座る時に異常に近い時がある。
カルテを見てれば、ひょいって覗き込んでくるんだけど前髪と前髪が触れ合う距離感なのに、全く動じる気配はない。
葵にとっては無意識のゼロセンチ。
俺にとったら有害なゼロセンチ。
葵の温かい体温や吐息を感じるだけで、心臓がまるで爆弾みたいにバクバクいって、息さえできなくなる。
マジでかっこ悪い。
でも、そんなにゼロセンチが大丈夫なら。
「水瀬……」
そっと名前を呼べば、「はい、なんでしょう?」って可愛く首を傾げた。
「さっき食べてたチョコがついてる」
身を屈めて、断りもなく唇をペロッと舐めた。その後「ほら、とれた」なんてすっとぼけて何でもないフリをすれば、
「あっ、ありがとう……ございます……」
って明らかに狼狽える。顔を真っ赤にして俯く。その姿が可笑しくて、喉の奥で笑ってしまった。
本当はチョコなんかついてないよ。
けどあんまりにも無防備過ぎるから、手を出したくもなるんだよ。
STEP4きみの心に触れさせて
最初は遠くから葵を見てるだけで幸せだったんだ。でも人間って段々欲が出てくる、強欲な生き物だから。
今は葵の気持ちが欲しくて仕方ない。
葵が欲しくて仕方ない。
こんなにアプローチしても、俺の気持ちに全然気づかないのかよ。
無防備な上に、どこまで鈍感なんだ。
朝出勤して来た葵を捕まえる。
またモコモコに着膨れしてんじゃん、って可笑しくなった。本当に自分さえ良ければ、回りの目は気にならないんだな。
両手で頬を包み込めば冷えきっていて。
「外寒かった?」
って聞けば、
「超寒かったです!!」
大袈裟に身震いして、俺の両手に自分の手を重ね合わせてくる。
「成宮先生の手、あったかい……」
なんて頬擦りしながら。
その姿が可愛くて、愛しくて。キスしたいな……って思うんだけど、これ以上職場の部下に手を出すのはさすがに気が引ける。俺はその一歩を踏み出すことに躊躇ってしまう。
もっと葵に触れたい。
いい上司でありたい。
心の中で葛藤を繰り返すけど……触れたいっていう下心が簡単に常識を消し去っていく。
少しだけ屈んで、額にそっとキスを落とした。
次の瞬間目が合って……葵の大きな瞳がそっと閉じられる。その可愛らしさに、吸い寄せられるように唇と唇を重ね合わせた。
――柔らかくて温かい。
何で俺達キスしてんだろうな。
唇を啄めば、「んあぁ…ふッぁ…」と甘い吐息が漏れた。
なぁ、葵……俺はお前の心にも触れたい。
どうしたらお前の気持ちが手に入るのかな。
STEP5狼まであと何秒?
あれ以来、2人きりの時には頻繁に唇を合わせるようになった。
別に付き合ってるわけじゃないのに、葵は俺とのキスを拒絶したりはしない。案外、そういうとこに軽いのか……とか、そこまで無頓着なのか……って随分悩んだ。
それとも、葵も俺のことが好きなのかな……って淡い期待もした。
甘くて柔らかい唇を啄めば、「んぁ……ッ、はぁ……ん」って甘く鳴くようになった葵。可愛くて可愛くて仕方ない。
眠っていた俺の中の狼も自然と目を覚ます。
俺だって男だ。
好きな奴を抱きたいって思うし、自分だけの物にしたいとも思う。
ただ俺の中の狼はえらく慎重で、臆病で。
けど、だけど今日こそは。
頼む、俺の中の狼よ。目覚めてくれ。
葵の唇をこじ開けて、舌を侵入させる。ねっとりと舌を絡み取った。
「んぁ、やぁ。ふぁッ……」
甘い吐息が漏れれば、もう止まらない。
耳や首筋、鎖骨に舌を這わせれば体がビクンと痙攣する。
シャツをめくり、胸の突起を探すべく手を忍び込ませた。
「ヤダ……」
咄嗟に逃げようとしたから、綺麗に括れた腰を引き寄せ、腕の中に閉じ込めてしまう。
「逃げんなよ……」
腕の中で、ギュッと目を閉じる葵に耳打ちした。
「なぁ。俺はお前を抱きたい」
見開かれた葵の大きな瞳がユラユラと揺れる。
「嫌?」
「いいえ、嫌じゃない……です」
「なら……怖いか?」
一瞬だけ間が空いたけど、泣きそうな顔でしがみついてくる。
「怖くないです。成宮先生が一緒なら、大丈夫です!!」
どこが大丈夫なんだよ。もう泣きそうじゃんか。
すげぇ可愛いな。
「葵。大好きだ」
大丈夫、大丈夫だよ葵。
心優しい狼は、お前を大事に大事に抱くから。
さぁ、狼まであと何秒?
そして、お前を手に入れるまでは……。
あと何センチ?
あと何秒?
【END】
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